「……そろそろ片付けちゃう?」
「そうだね。みんな、もう食べないでしょう?」
「うん。お腹いっぱいー」
 孝之に絡まれながら他愛ない話に付き合っていたら、ほどなくしてふたりが立ち上がった。
 テーブルの上の皿を片付け始め、空いたグラスをトレイに持つ。
「…………」
 笑顔で、目の前で行われているやり取りを見ながら、何も言えなかった。
 恐らく、いつもと同じこと。
 習慣と呼べるレベルで身に付いているのだろう。
 だが、どうしても自分には新鮮に見えて、つい目が彼女を追ってしまう。
「おい」
「……あ? あぁ、なんだ」
「何じゃねーって」
 キッチンへ立った彼女を見ていたら、すぐ声がかかった。
 すでに相当な量を飲んでいる、孝之。
 先ほどとは違う煙草に火を点けており、煙をくゆらせている。
 顔には出ないが、目つきが違う。
 ……相変わらずだな。
 この辺、昔から変わってない部分でため息が漏れる。
「……あれ。ンだよ、灰皿ねーじゃん」
「見てなかったのか? 葉月ちゃん、今片付けてくれたろ」
「アイツか」
 ち、と小さく舌打ちが聞こえたのは気のせいか。
 などと思った瞬間、孝之がキッチンに向かって声をあげた。
「おい、葉月ー」
「え? なぁに?」
「灰皿」
「あ、ちょっと待ってね」
「っ……お前……」
「あ? なんだよ」
「何じゃないだろ。今、葉月ちゃんが何してるかわからないのか?」
「……は?」
 コイツも見ていたはずだ。
 彼女らが目の前で、トレイへグラスや皿を片付けていたのを。
 そして、キッチンへ向かってすぐ、水と食器類がぶつかる音がし始めた。
 いくら酔っていても、この物音に気付かないワケないだろう。
 ……たとえ、この目の前の酔っ払いであってもだ。
「葉月ちゃん、今片付けてるだろ? ……なのにわざわざ……ていうか、今呼ばなくても」
「いーだろ別に。それはアイツの都合で、俺の都合じゃねーし」
「……だから。それが我侭だって言ってるんじゃないか」
「うるせーな! 俺は何もお前に頼んだんじゃねぇだろ!」
 そもそも、灰皿もないのに煙草を吸うなと言いたい。
 いくら自分の家だとはいえ、灰を落としたら……まぁお袋さんをよく知ってるのもあるので、大方の予想は付くが。
「いーだろ、アイツは俺の世話を焼くのが好きなんだから」
「……今、ものすごい発言してるぞ。お前」
「うるせーな!」
 フン、とまるで勝ち誇ったかのように言われ、一瞬意味がよくわからなかった。
 だが、すぐにああそうかと思う。
 コイツは酔ってる。
 だが、恐らく本音。
 それほどまで気を許している……というよりは、身を預けっぱなしなんだなという今のコイツの状況がわかって、内心おかしくもあった。
「あ。ちょうどイイとこ来たな。お前」
「え? なぁに?」
 片付けがひと段落したのか、葉月ちゃんが孝之の隣へ腰を下ろした。
「ありがとう」
「え、そんな! ……大丈夫です」
 ほぼ同じタイミングで、彼女もまた俺の隣へ戻ってきてくれた。
 慌てたように手を振りながらも、まんざらではなさそうな笑みを浮かべる。
 ――……と、一瞬孝之から気が逸れた途端。
 先ほどとは、比べものにならないとんでもないセリフが耳に入った。

「お前、俺のこと好きだろ?」

「っ……な……」
 低い声。
 あぐらをかいたまま目線を葉月ちゃんに合わせ、放たれたストレートな言葉。
 冗談で言ってるワケじゃないのは、目を見ればわかる。
 いつもの酒の席ではあまり見ない感じの、雰囲気。
 ……なるほど。
 葉月ちゃん相手には、いつもこうだってワケか。
 戸惑うというよりは頬を染めて驚いたように孝之を見つめている葉月ちゃんを見ながら、小さく笑いが漏れる。
「え、えっと……あ、……う、……うん」
「だろ? ほらみろ。だから言ったろ? コイツは俺の世話焼くのが好きなんだ、って」
「いや。今のはそういう質問じゃないだろ?」
「……ち。うるせーな。いーんだよ! ざっくり言えばソレがそもそもの要因なんだからよ!」
 あっさり否定してやった途端、まるで子どもみたいな反応で嫌そうな顔を見せた。
 そんな孝之をくすくすとおかしそうに笑い、それでもやっぱり嬉しそうにしている葉月ちゃんと、俺のすぐ隣で驚いたように目を丸くしている彼女。
 ……まぁ、そうだろうな。
 コイツは普段、こんなに自分をぶっちゃけるヤツじゃない。
 それを知ってるから、ある意味の豹変ぶりに彼女は驚いているんだろう。
「葉月。水」
「あ、ちょっと待ってね」
 ひと段落したからか、深く息を吐いた孝之がおもむろに葉月ちゃんへ声をかけた。
 水、って。
 先ほどから思っていたんだが、灰皿でも水でも、自分で取りに行こうという意志はないのか。
 なんでもかんでも、葉月ちゃん頼みだな。コイツは。
 自分の半身とでも思っているんだろうが、葉月ちゃんは葉月ちゃん。
 ……まぁもっとも、彼女が孝之を甘やかしてくれる包容力のある人間だから、コイツがここまですべてを任せっきりでいるんだろうが。
 ある意味……放任だな。自分自身の。
「はい、どうぞ」
「あ? ……ああ。サンキュ」
 ほどなくして、葉月ちゃんがグラスに水を注いで戻って来た。
 目が合ってすぐ、ふふ、と彼女らしい笑みを見せる。
 わかってるんだろうな、全部。
 だから、逆に受け入れるしかないというか……まぁ、恐らくはそんな考えではなく、もっと純粋な想いから来るモノなんだろうが。
「幸せモノだな。お前は」
「ぶ! な……っ……ンだよ急に!」
 未だに眉を寄せて文句を言いたげだった孝之へぽつりと漏らすと、途端にむせ返ってさらに表情が悪化した。
 まぁいい。
 その言葉、とりあえずよく噛み締めておいたほうがいいと思うぞ。
 冷茶の入っているグラスへ口づけながら、つい改めて内心で念を押していた。


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