「……ふぅ」
リビングに、ぺたんと足を崩して座ったままため息が漏れた。
こうしていて、どれくらい経っただろう。
自分の目の前には、カゴ。
そして、畳んだばかりの洗濯物がある。
キッチンを片付けてから向かった、洗面所。
ある意味習慣のようになっている動作だったらしく、しばらく足を踏み入れていないのにまったく違和感なく動いていた自分が少しだけおかしかった。
染み付いちゃってるんだよね。
たった数ヶ月とはいえ、ここで彼と一緒に暮らしていたときのことが。
キッチンになかったタオルを取りに行った洗面所で、なんとなく気になって洗濯機を開けてしまった。
……ら。
そこにあったのは、すっかり冷たくなってしまった洗濯物。
ふんわりではなく、冷たさのせいか余計ごわごわしているように見えて、思わず一瞬止まってしまった。
だって、そのままの形で残っていたんだもん。
しわしわのタオルに、ワイシャツ。Tシャツに靴下。
……それから……下着、とか。
うぅ。見慣れてるはずなのに、なんだか見ちゃいけないものを見たような気がするのはどうしてだろう。
目に入った途端かぁっと身体が熱くなって、すごく迷った。
タオルと一緒に畳んでしまっていいのか。
だ、だって、タオルだけ畳んで下着は残しておくなんて……なんだか、すごくヘン。
違和感どころの話じゃない。
だけど、果たして私が手を出してしまっていいのだろうか。
一緒に暮らしていたときは当たり前のようにしていたことも、改めて考えると同時に躊躇してしまう部分でもあって。
「…………」
改めて、自分が今畳んだ洗濯物の数々に視線を移すものの、眺めていたら今になってまた迷いの芽が出た。
いいのかな。
……畳んじゃったけど。
きちんと整理された状態の洗濯物を、彼は果たしてどんな思いで受け入れてくれるだろうか。
そもそも……受け入れてもらえるのかな。
それがすごく心配だけど――……とりあえず。
畳んだ洋服の間に下着を入れ、ソファの上へ。
そのときになったら、考えよう。
……ううん、むしろちゃんと話をしよう。
だって、きっとこれからもこういうことってあると思うから。
『いつ、いてくれても構わないから』
鍵をくれたとき、彼が私にくれたセリフ。
それは、何ものにも勝る免罪符。
……だもん、もう逃げない。
ぶつかったら、ちゃんと話し合う。
そう決めた。
…………って、洗濯物がきっかけっていうのは、なんだかちょっぴり……なんだけど。
「……ん?」
伸びをひとつしてから、何気なくパソコンラックを見たとき。
ふと……何かが目に入った。
四角い、色のあるモノ。
それこそ、手のひらサイズの紙で……。
「っ……!」
コルクボードに張られている、幾つもの手書きのメモ。
その隙間から覗いていたモノが、写真だとようやく気付いた。
……そう、だよ。
そうだ。
あの場所には、ずっと前から写真が貼られていたのに。
なのに……どうして気付かなかったんだろう。
同じ場所なのに。
部屋なのに。
なのに――……。
「………………」
思わず立ち上がり、そちらへ歩み寄る。
走り書きされているメモや、付箋。
それらで埋め尽くされかけているボードから覗いている、顔。
……そう。
顔だった。
――……笑っている、私の。
今から少し前のモノ。
屈託なく笑っている顔が、写真で残っている。
「…………」
思わず笑みが漏れた。
懐かしいな、って素直に思ったの。
制服を着ているころの自分。
今から数ヶ月前までの、在りし日の姿。
落としてしまわないようにしてメモをずらし、隠れていた左半分を露わにする。
「っ……」
わかっていたはずなのに、笑顔の彼が見えた途端……喉が鳴った。
だけど、じんわり涙が滲みそうになって、慌ててそこから離れる。
……なんで泣くの。
泣く必要なんて、これっぽっちもないのに。
だって、彼は彼で、今も私のそばにいてくれるんだから。
「…………」
本当は喜ぶべきなのに。
だって、今の彼がこの写真を見える場所に残してくれていたんだから。
……なんだか、罪悪感がある。
彼に対して、申し訳ない気持ちが。
今、私のそばにいてくれるのに。
なのに……自分の中で、『彼』に対する想いと重ならないところがある。
「…………」
こんな笑顔、見たことないから……かな。
もう1度まっすぐ見ることはできず、重なったメモの上からそっとなぞる。
大好きな人に違いないのに。
……何も変わらないのに。
「…………はぁ……」
見なければよかった、なんて思ってない。
だけど、ただ少しだけ……気持ちが沈んだように思いもする。
……って、失礼だよね。
沈むはずない。
今私がいるのは、ずっとずっと来たいと思ってた、大好きな人の家なんだから。
「……よし!」
お掃除をしよう。
テレビも付けずに、じっとしてるから余計なことを考えちゃうんだから。
そんなときは、お掃除をする。
……かといって、あちこち勝手に引き出しを開けたりすることはできない。
だから、お掃除。
見える場所をきれいにしよう。
水拭きをして、掃除機をかけて。
「……んっ」
立ち上がり、ひとつ手を叩く。
ぱん、と小気味よく響いたその音がなんだか嬉しくて、ようやく私らしい笑顔が浮かんだ。
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