「……わ。すごいいっぱい」
人が沢山、車も沢山。
遅々として進まなかった134号をようやく右折し、江の島へと向かう。
両側に広がる海が、きらきらと眩しい太陽を照り返していた。
カモメの鳴き声がする。
サーフィンをしてる人もいる。
沢山の人が、浜辺で遊んだりバーベキューをしているらしくテントを張っている姿も見えた。
「さすがは日曜日。人出が多いね」
「ですねー。沢山」
今日は天気もいいし、遊ぶには絶好の日。
……なんだか、わくわくする。
彼と一緒だからというのは、もちろんあるだろうけれど。
「水族館じゃなくてよかったの?」
「え?」
「いや、江の島に行きたいって思ったのは、テレビで水族館を特集してたからなんじゃなかったのかな、と思って」
「……あ……」
そう。
この江の島に来る途中、右手側に新江ノ島水族館があった。
本当はそこに行ってみたかったんだけれど……途中で、彼にお願いして江の島に変更してもらったのだ。
でも、いざそう訊ねられると、どうしてそうしたのか自分でもよくわからない。
……ただ、行きたかった。
それじゃあ、理由には不十分だろうか。
「その……どうしても、行きたい場所があって……」
「どうしても?」
「……どうしても」
海沿いにある、江の島なぎさ駐車場。
そこにウィンカーを出して曲がった彼が、少しだけ意味ありげに笑った。
平面の駐車スペースには、ずらりと車が停まっている。
ほとんどが県内だけど、遠くの県外ナンバーもちらほら。
やっぱり、江の島の人気はまだまだ高いんだなぁと改めて思う。
「……もしかして、鍵……とか」
「っ……! なんでわかっ――……あ……」
バックで駐車してからサイドブレーキを引いた彼の言葉に、驚いて大きな声が出た。
途端、くすくすと笑われる。
「……ダメですか?」
「いや。どうしても行きたいって言うなら、付き合うよ」
江の島の名物、恋人の丘。
ずっと昔からある場所で知っていたので、小さいころからずっと行きたかった場所。
彼氏ができたら、行こうね。
絵里と、まだ小学生くらいのときにそんな話をした覚えがある。
「っ……眩しい」
「でも、このあたりはやっぱり夏が似合うね」
「ですね」
助手席へ回ってきてくれた彼が、ドアに手を置いて開けてくれた。
そして、私が降りたのを見てから閉めてくれる。
「それじゃ、行こうか」
「はい」
「……結構歩くよね、あそこまで」
「…………ぅ。ダメなら、ダメで、あの……」
隣に並んで歩きながら、目の前にそびえる江の島を眺める。
恋人の丘までは、ここから割とある。
なんといっても、島の1番てっぺんにあるんだから。
「ダメじゃないよ。行こう」
「っ……あ……」
小さく笑った彼が、私を向いてから――……手を、差し出してくれた。
大きな右手。
思わず唇が開き、反射的に彼を見てしまう。
「……いらない?」
「っ……くないです!」
ひらひらと振られたのを見て、慌てて両手でその手を掴む。
長い指。広い手のひら。
……久しぶり。
すごく、すごく久しぶりの彼の手。
こんなふうに手を繋いでのデートなんて、いったいいつ振りだろう。
「……ん?」
「…………嬉しい」
「素直だね」
「……そうですか?」
「うん。なんか……かわいい」
「ッ……ぅ……は、ずかしいです」
「いや、そこはうなずいてくれて構わないけど」
「……うぅ」
指を絡めて繋いだ手をまじまじ見ながら、なんともいえない笑みを噛み締める。
頬が熱くなったのは、決して太陽のせいだけじゃないのは確か。
というよりも、むしろ隣にいる彼の影響のほうがずっと大きい。
「……わ。ここも人がいっぱい」
「まぁ、そうだろうね。天気もいいし、車も……あ。満車だって」
「ホントだ」
駐車場を振り返った彼につられてそちらを見ると、確かに。
先ほどまで空車だった表示板が、満車に切り替わっていた。
「……危なかったな」
「ホント。ぎりぎり」
少し遅かったら、ここには停められなかった。
もちろん、ほかにも駐車場はあるけれど、数には限りがあって。
やっぱり、江の島ってすごいんだ……なんて、こんなところで実感する。
「普段の行いの差、かな」
「え?」
「……なんて」
「っ……ふふ。かもしれないですね」
前を向いたままぽつりと呟いた彼に、思わず笑ってしまう。
柔らかい表情が、嬉しい。
そして、こんなふうにできるやり取りが、なお。
「……あ。鳥居ですね」
「江の島、野良猫多いんだよね」
「わ。……いっぱい……」
ここから見えた、青銅色の鳥居。
その根元に3匹のトラ猫が遊んでいて、観光客らしき人たちが写真を撮ったり手を伸ばしたりしている。
奥は参道が伸びていて、両側には沢山のお土産屋さんなんかが並んでいるせいか、昔から江の島には野良猫が多かった。
もちろん、中には飼い猫もいるだろうけれど……多いよね。本当に。
そういえば昔家族で来たときは、お兄ちゃんのあとをずっと付いて来ちゃった猫がいたっけ。
「江の島も、久しぶりだな……」
独り言だったと思う。
鳥居をくぐりながらぽつりと聞こえた彼の言葉に、何も、言えなかった。
そうですね、とも。違いますよ、とも。
……だって、彼は知らない。
この道を私と一緒に通るのは、今日が2度目だということを。
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