「…………」
 私は何にしようかな。
 ずらりと並んでいる人たちに続きながら、メニューを見る。
 アイスティー……もいいけれど、ソフトクリームも捨てがたい。
 でも、ほかに軽食なんかも売っていて、意外とメニューが多かった。
 ……チュリトスサンデー。
 上から順番に眺めていたら、そんな名前が目に留まった。
 写真も載っていて、サンデーにチュリトスが刺さっている形。
 ……あ、おいしそう。
 ドリンクなんかのメニューは飛び、見てすぐ決定となった。
「…………」
 家族連れ、友達同士、そして――……私たちと同じ恋人同士。
 いろんな人たちがいて、みんな、楽しそうに笑っている。
 ……そうだよね。
 だって、水族館だもん。
 大人も子どもも、きらきらした目で見て楽しむためにここへ来てるんだから。
「………………」
 それじゃあ、私はどうだろう。
 楽しんでる、のかな。
 ……ううん。
 私じゃなくて、祐恭さんのほう。
 私のせいで、いっぱい嫌な思いをしたりしているはずなのに……どうしてあんなに優しいんだろう。
 顔が優しくて、眼差しが温かくて。
 ……私を特別扱いしてくれているのに。
 私は今日、そんな彼に応えられているだろうか。
 彼は私のすべてを受け入れてくれようとしているのに。
 なのに私は――……。
「……?」
 私のふたりほど前の列。
 ちょうどその人たちの順番が回って来て、レジで店員さんに注文をしながら、お財布を取り出した。
 ……んだけど。
 その後ろ姿を見て、ふと不思議な感じになった。
 …………あれ?
 あの、後ろ姿。
 長い髪。
 そして――……服装。
 見たことがあるなんてレベルじゃない感じを覚えて、思わず目を見張っていた。
「ッ……葉月……!?」
「え?」
 くるり、と振り返った女の子が、片手にドリンク、片手に私が頼もうとしていたチュリトスサンデーを持って驚いた顔を見せた。
 でも、同じくらい私も驚いた。
 だって、ここにいるはずのない彼女が、目の前で買い物をしていたんだから。
「……あれ? 羽織……だよね?」
「え、なんで? どうしてここにいるの? ……っ……なんで……!?」
 正面から見たら、やっぱり葉月だった。
 彼女も私を呼んだし、絶対。
 でも……どうしてここに。
 だって、今朝会ったときの彼女は出かける予定はないって言ってたのに。
「……え?」
「何してんだお前」
「っ……お兄ちゃ……! 祐恭、さん……」
 葉月が苦笑を浮かべたと思ったら、背中から低い声が聞こえた。
 まったく優しさの欠片もない、無愛想なモノ。
 だけど、振り返るとそこには張本人だけではなく、葉月と同じように苦笑を浮かべている祐恭さんも一緒だった。
「え、え……」
「いーから買ってこいよ。次、お前だろ」
「え? ……あっ!」
 あわあわしながら言葉を探していたら、ため息をついたお兄ちゃんが反対側へ人差し指を向けた。
 つられるように振り返ると、私の前に並んでいた人がドリンクを持って動いたところで。
「あ、あのっ、アイスティーと、サンデー……あの、チュリトスサンデーをひとつお願いします」
 慌ててレジの前へ向かい、メニューを見ながら注文する。
 ……うぅ。なんか恥ずかしい。
 噛んだのと同じくらいの気恥ずかしさに、思わず顔が熱くなる。
 だけど、背中では相変わらずお兄ちゃんと祐恭さんのいつもと変わらないような話し声が聞こえてきていて、そのせいかなんともいえず小さくため息が漏れた。

「つーか、なんでお前らまでここにいンだよ」
 不機嫌そうな顔でアイスコーヒーを飲んだお兄ちゃんが、やっぱり不機嫌そうな声で私たちを見た。
 イルカショーまで、あと少し。
 せっかくだからと葉月が誘ってくれたので、今はちょうど空いていた同じ列に腰かけている。
「それはこっちのセリフなの! だいたい、お兄ちゃん今日は出かけないって……」
「別にいーだろ、俺がどこに行こうと」
「っ……それなら、私たちがどこにいてもいいでしょ!」
「るせーな。そーゆー問題じゃねーんだよ」
「じゃあどういう問題なの!」
 面倒くさそうに手を振る彼に身を乗り出して眉を寄せると、すぐ隣の祐恭さんが小さく笑った。
 ……ぅ。
 つい、いつものクセでこんなところでもお兄ちゃんと喧嘩しちゃったじゃない……っ。
 もーー。
 本当に恥ずかしい。
「羽織が出かけてからね、たーくんに言ったら連れて来てくれたの」
「……え、そうなの?」
 ちょこん、と顔を覗かせてこちらを見た葉月に、その隣に座るお兄ちゃんが『余計なこと喋んな』と小さく呟いた。
 ……なるほど。
 そういえば、お兄ちゃんってここの年間パスポート持ってるんだよね。意外に。
 昔から動物園より水族館へ行くことが多かったのは知ってるけれど、まさか今でもそうしているなんて思わなかった。
「……つーか、だからっつって何も一緒に座ることねーだろ」
「そうかな? みんなで座ったほうが楽しいよ?」
「なんで」
「だって、大勢で見たほうが盛りあがるでしょう?」
「……そーか?」
「うん」
 祐恭さんの隣に座るお兄ちゃんが敢えて私たちに向けた言葉だけど、彼の隣の葉月がさらりと受け止めてくれた。
 すると、当然のようにそれ以上お兄ちゃんが何かを言うことはなくて。
 ……葉月、やっぱりすごいなぁ。
 あのお兄ちゃんを、ねじ伏せるわけでもなくなだめすかすわけでもなく、ただただ普通に納得させちゃうんだから。
「…………」
 それが……恋人っていう存在なのかな。
 ……じゃあ、私は?
 私は、彼を納得させることができるだろうか。
 今回のことでも、そう。
 泣き出してしまった理由を話して、彼に納得してもらうことは……できるのかな。
「っ……」
 イルカショーの開演を告げるアナウンスが響くと同時に我に返り、半分ほど溶けてしまったサンデーに慌ててスプーンを差す。
 正直、葉月には素直に感謝していた。
 だって、あのままふたりきりでいたら――……きっと、祐恭さんは楽しめないままここの時間を終えてしまっただろうから。


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