「ごめん、俺ばっかり食べちゃったな。ほとんど食べてないよね?」
「大丈夫です。ていうか……きれいに食べてもらえて、そっちのほうがすごく嬉しかったですもん」
「……ありがとう。ご馳走さま」
「いいえー」
さすがにピクニックへ行くわけじゃないから、そこそこの量しか作らなかった。
それでも、彼がしっかり食べてくれたおかげで、キレイに空っぽ。
ちょっとのおかずと、ちょっとのおにぎりしか食べなかったけど、それすらも苦しくて食べれなかったんだよね。私。
料理ってやっぱり、食べてくれる人がいるからこそ生きるものなんだろうなぁ。
いつも、葉月が自分の食べる分を抑えてまでお兄ちゃんに、ってしている気持ちが今日はわかったような気がした。
「でも、久しぶりだな。こんなふうに、ゆっくりできるの」
「そうなんですか?」
「うん。そもそも、ここで昼を食べるなんてしないからね。面倒だし、食べないこともあるよ。結構」
「えぇ!?」
とんでも発言に、思わず飲んでいたコーヒーでむせるところだった。
でも、祐恭さんにとってはそれが“日常”らしく、私がそんな反応をしたことで『やっぱりマズいのか』なんてひとりごとが聞こえた。
「コーヒーだけとか、なんかそういう飲み物だけで済ませちゃうこともあるんだよね。つい、あれこれやりたいことが多かったり、目が離せなかったり……あとは、学生の手前なかなか学食にも行けなかったりとか」
「……大変ですね、お仕事……」
「まぁ、ね。でも、慣れたというよりはやっぱり自分がやりたいことだから。別にツラくはないし」
眉を寄せたせいか、彼が少しだけ慌てたように笑みを見せた。
それはわかってる。
だけど、やっぱり心配だ。
……大事な人だもん。
せめて、3食きちんととは言わないけれど、隙間時間にでもできれば栄養補給してほしいと思う。
「だから、久しぶりの豪華なランチってところかな」
「えぇ!? そんな、たいしたものじゃ……」
「いや、一緒に食べてくれる相手が羽織っていうのが、豪華なんだよ。……昼からふたりきりとか、テンション上がる」
後半はきっと、完全にひとりごと。
頬杖をつきながらそっぽを向かれて、ついついまばたく。
だって、聞こえちゃったんだもん。
嬉しいんだもん。
……えへへ。ほっぺた緩みそう。
「とはいえ、こうも完全に他人の目がないと、イイ反面マズいなとも思うよ」
「え?」
「快適だし、この上ない状況だからこそ……つい、ね」
ガタ、と小さく椅子を鳴らして、彼がこちらへ腕を伸ばす。
白衣じゃない、腕まくりされたワイシャツ。
私よりずっと焼けている肌に、彼らしさを感じてついどきりとする。
「……あ……」
「ふたりだから、触りたくなる」
とか言ったら、かなりマズいヤツっぽいけどね。
まっすぐ目を見て呟かれ、こくりと動いた喉も見られたかもしれない。
まるで弄るように耳たぶへ触れられ、うっすらと唇が開いた。
どきどきする、以上の感情。
今はまだお昼で、しかも彼の部屋とはいえ学内の研究室だということを忘れてしまいそうになるほど。
「祐恭、さん……」
声がわずかに掠れる。
途端、頬に指先で触れた彼が小さく笑った。
「……そんな顔されたら、いろいろマズいね」
「っ……すみません」
「いや、それはこっちのセリフ。ごめん、ヘンなこと言い出して」
「や、あの、別にっ……そんなんじゃ……」
ばくばくばくばく。
くす、と笑われてたちまち心拍数急上昇。
思わず両手で服の上から心臓を押さえるものの、当然治まりはしない。
ちょっとだけ苦しい。
ていうか、恥ずかしくてどうにかなりそう。
……うぅ。まだお昼なのに。
とてもじゃないけど、こんな顔のまま外へは出れないよね。
「そういえば、夏休みにどこか行きたいところある?」
「あ、えっと……絵里たちが、一緒に海へ行かないかって言ってましたよ」
「なるほど。それって、日帰りでかな?」
「いえ、なんか、泊りがけで……とかって」
「ふぅん」
私から手を離した彼が、すぐここに頬杖をついた。
そのまま見つめられ、若干どきどきは弱くなったものの、いつもよりずっと近い距離あんど雰囲気に、まだどきどきは続く。
「海か……いいね」
「ホントですか?」
「うん」
優しく微笑まれ、ぱっと表情が明るくなる。
一緒に行ける、っていう約束をできるだけで嬉しい。
彼と過ごせる時間が増えることは、今の私にとって何よりの贅沢でしかないから。
「……? なんですか?」
「いや、ちょっと自信はないなと思って」
「自信?」
じぃっと見つめられ、ぱちぱちとまばたきが出る。
いったい、なんのことだろう。
笑みを残したままの彼を見つめるものの、当然予測はできない。
「海じゃなくて、羽織ばっかり見てそうだなと思って」
「……? なんでですか?」
「水着だよね?」
「っ……です」
「それに、泊まりなんて言ったら……ね、歯止め利かないよ。かわいい彼女が隣に寝てるとか想像しただけで、どうにかなりそう。正直、自分がいちばん厄介だと思うよ」
「ぁ……」
まっすぐに見ていられなくて視線を落としたら、彼が髪に触れた。
さらりと指どおりを楽しむように弄られ、ぞくりと肌が粟立つ。
……もぉ、どうしよう。
絶対今、人に見せちゃいけないような変な顔してる。
しかも楽しそうに笑われ、さらに顔が赤くなるような気がした。
「今度さ、泊まりにこない?」
「えっ……」
「ほら、予行練習しとかないとね。隣に寝てる羽織に、手を出さないように」
「ぅ、あ、の……えと……」
どう答えたらいいんですか、その質問ていうかその言葉に……!
だって、その……ええと、あの。
嬉しくないわけじゃない、から。
どうしたって、キスされたいとか、ぎゅって抱きしめてもらいたいとか……もっと、触ってほしいとか、私なりにもいろいろ考えちゃうんだもん。
……祐恭さんに、特別扱いしてもらいたい、って。
とはいえ、『ぜひお願いします』と言うのも、なんだか変な感じがしてさすがに言えなかった。
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