「でもその前に、ご両親へ改めてあいさつしないとね。大事なひとり娘を、ヨソの男の家へそうやすやすと泊まりに行かせてくれるはずはないだろうし」
「……あ、その……えっとですね」
「ん?」
「それは……大丈夫だと思います」
 おずおずと顔を上げ、少しだけ目を丸くした彼に苦笑する。
 うちの両親、きっと祐恭さんの知ってる面はごくごく一部でしかないんだろうな。
 さすがの私だってびっくりはしたもん。
 うちのお母さん、ハンパないなぁって。
「羽織。アンタ、泊まりに行かないの?」
 あれは昨日の夜。
 日曜定番のテレビ番組を見ていたら、突撃訪問と称して海外のお宅へ泊まりに行く企画が映し出された。
 そのときリビングにいたのは、私とお母さんと葉月だけ。
 お兄ちゃんは、いつものように部屋へ戻っていたし、お父さんはお風呂に入っていたから。
「え……と、え? どこに?」
「祐恭君のところ」
「えぇ!? ちょ、な、ななっ……!! なぁっ……!?」
 何を言い出すのいったい!?
 さらりととんでもないコトを言われ、目がこれでもかってくらい丸くなる。
「だってほら、もっと子どもだった高校生のころは毎週末泊まりに行ってたじゃない? なのに、せっかく付き合い始めたっていうのに、全然行かないじゃない」
「や、それはあのっ……なんていうか、ね!? あの、ほら! ええっと……だって……その、順序ってものが……」
「何が順序よ、今さら。何か余計な心配してるなら、気にしなくていいのよ?」
「な、ななっ……!」
 ぺらぺらとまったくよどみなく言われ続け、なんだかもう感覚が麻痺してくる。
 ていうか、お母さんまったく笑ってないんだよ?
 平然と『今日、帰りにお肉屋さんへ寄ったらほら、あの人がいて』とか、なんかそんな話をしてるときとおんなじ顔。
 笑ってない。むしろ、真顔に近い表情。
 だからこそ『何を言い出すのこれ以上……!』という不安しかなかった。
「それに、祐恭君のことなら色々わかってるし。大丈夫。子どもさえ作らなければ、何したっていいわよ」
「お母さん!!」
 ごほ、と葉月が冷茶でむせたのと私が声を上げたのとはほぼ同時だった。
 『大丈夫』なんて言いながら葉月が咳き込んでたけど、絶対あの頬の赤さは、苦しいとかってほうよりも、衝撃的なお母さんの言葉のせいに違いない。

「……なので、その……うちの母は少なくとも了承してくれてるみたいなので、もしよければ、ですけれど」
 どうしたって声が小さくなる。
 とはいえ、さすがに『子どもを作らなければ何をしても』というくだりは、彼に言えない。
 ……うぅ。
 うちのお母さん、やっぱり変わってるっていうか、ど真ん中ストレートすぎる。
「それはそれは。ずいぶん、俺のことを買ってくれてるみたいだね」
「っ、それは……! だって、その……お兄ちゃんと全然違うじゃないですか。すごくしっかりしてるし、ちゃんと……」
「ちゃんと?」
「っ……優しい、ですし」
「俺より、羽織のほうがずっと優しいと思うけどね」
「そんなこと……!」
 小さく笑った彼が、ほんの少しだけいたずらっぽい顔を見せた。
 少しだけこちらへ近寄り、そこでまたくすりと笑う。
 ……うぅ。
 ほっぺた熱いんですけど。
 まじまじ見られて、わけもなく恥ずかしい気分。
「それじゃ、がんばらないとね」
「え……。えっ……!? あの、え、と、何をですか?」
「……いろいろ?」
「ええぇ……!?」
 含み笑いをされ、情けなく眉尻が下がる。
 だって、その顔とっても意地悪っていうよりかは、何かこう、いけないことを考えてるみたいに見えるんだもん。
 …………ちょっとだけ、懐かしいって思っちゃった。
 こういう顔、どうしてするのかなって思ってたけど、私の反応を楽しんでるんだってわかってから、ちょっとだけ嬉しかったし好きでもあったから。
 優しい彼は好き。
 でも、どんなときだって私のことをちゃんと考えてくれてるってわかったし、傷つけようと意図的に意地悪をされたことは一度もなかったから、どんな彼でもやっぱり好きは好きだ。
「じゃあ、今週末。部屋を片付けて待ってるから」
「あ……。ありがとうございます」
「楽しみだね」
「……はい」
 にっこり微笑まれ、ほかにどう言えばいいのかわからず、曖昧な返事が出た。
 途端、彼はおかしそうにまた笑い、かえってほっぺたが熱くなる。
 ……間違ったのかもしれない。何かを。
 『なんでもないよ』と手を振られながらも、なんともいえない表情のまま苦笑さえできなかった。


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