「葉月ちゃんが好きそうだな」
 素直にそう思ったから口にしただけだったにもかかわらず、ラッピング待ちをしている間、なぜか孝之が不満げに俺を見る。
 結局、入店してすぐショーケースにあったネックレスに決め、3分と経たないうちに会計まで済ませた。
 どうやら、以前買おうと思っていたものがそこにはあったらしく、本人は最初から決めていたらしいが、事情を知らない俺や店員はある意味驚かされた。
 まあいいんだけど。
 桜の花びらがちりばめられたようなデザインのネックレスは、きっと葉月ちゃんが見たら目を輝かせてコイツに礼を言うだろうな、と思えるモノ。
 なんとなく和風な感じをまとっている子からこそ、同じ要素のコレを気に入らないという選択肢はまずない。
 ま、孝之は俺よりセンスいいしな。
 ショーケースから丁寧にトレイへ移されたのを見たとき、素直に『いいモノだな』とは思ったから。
「なんでお前が葉月の好み知ってんだよ」
「そういうわけじゃないだろ? ただ、素直に思ったことを言ったまでだ」
「……ち」
 案内されたソファへ腰かけ、腕を組んだ孝之に肩をすくめてみせるも、不愉快そうな顔は戻らない。
 そういや、この間図書館前の通路で葉月ちゃんと立ち話してたときも、同じような顔で俺のこと見てたな、お前。
 あのときは教学課からの戻り途中だったらしいが、よくもまぁ声だけで俺と葉月ちゃんを判別できるものだと感心もする。
 というか俺じゃなくて、葉月ちゃんにだけアンテナ張ってるんだろうけど。
「お前、そんなに独占欲強かったっけ?」
「ちげーよ馬鹿か!」
 足を組んで両手を頭の後ろで組んだ孝之にうっかり本音を漏らすと、盛大に舌打ちしてそっぽを向いた。
 わかりやすいよな、お前って。本当に。
 もしかしなくても、これは家系なんだろう。
 羽織も、表情と態度へ素直に現れるから、わかりやすいしだからこそ素直だなと思う。
 まぁ、孝之の場合は素直と表現していいものか悩むけど。
「で? どーする。メシなら奢ってやってもいいぜ」
「へぇ」
「なんだよ。そういう約束だったろ?」
「いや、てっきりお前のことだから、さっきのパフェを食いたがると思ったから」
 ここへ来る途中孝之は、カフェの店頭に飾られていたストロングパフェなるシロモノを、やけに食いついて見ていた。
 それこそ金魚鉢なんじゃないかと思うようなデカさの器に、生クリームがソフトクリーム並にてんこもり状態で、さらにはカットケーキまで3つほど載っているという、俺からしたら『誰が食べるんだ』という値段と量だったにもかかわらず、あれだけ反応してたからな。
 『あそこ行こうぜ』って言われるものだと思ってたからこそ、意外すぎて一瞬どうした? と思ったほど。
 高校時代……いや、それこそ学生時代だったら間違いなく言ってただろうに。
 そういう意味でいえば、コイツも多少は成長したってことになるのか。
「あー、今回はパス。ほら、羽織の誕生日だったろ? そんとき、葉月が2段重ねのケーキ作ったんだよ。しかも、チョコと生クリームのヤツ。だから、個人的には来月くらいまで生クリームはいい。十分足りてる」
 肩をすくめた孝之が、恐らくそのときのケーキサイズとおぼしき大きさを両手で表した。
 それは本当にケーキなのか? と思えるようなデカさだったが……そこじゃない。
 俺が固まったのは、そんなくだりじゃなかった。
「お前今……なんて言った……?」
「は?」
 恐らく、ここ最近でもっとも驚愕している。
 開いた口が塞がるどころか、見張った目さえもとに戻らない。
 一方の孝之は、いぶかしげに眉を寄せたまま『どーした? お前』なんてのんきなことを口にする。
ああ、そういえばさっき俺がこの場所を『見たことある』って言ったときのお前と同じ反応してるのかもな。
「だから、火曜に食ったっつったんだよ。つーわけで、今日は別に甘いモン食わなくて平気」
「そこじゃない!」
「……はァ?」
「おまっ……どういうことだそれ……!」
 顔をゆがめた孝之を見たまま、ぎりりと奥歯を噛みしめる。
 どうしてお前はそんなに呑気な顔をしていられるんだよ!
 馬鹿じゃないのか! いや、むしろ馬鹿だ! だからそんな態度とっていられるんだぞ!
 ラッピングを終えた黒い紙袋を手に店員が戻ってくるのが見えたが、今はそれどころじゃない。
 鼓動が早まり、嫌な気持ちが体中へ広がっていく。
 お前……馬鹿か、どういうことだよ……!
 ああ、そうだ。知らなかった。そして知ろうとしなかった。それは間違いなく俺の落ち度だ。
 だが、それならそれでひとことくらい話題にしてくれてもよかったんじゃないのか?
 お前が言う火曜日。
 その昼も、いつものように純也さんと3人で昼飯食ったんだから。
「なんで……」
 ギリ、と奥歯が軋むと同時にこぶしをきつく握りしめる。
 張本人はわかってないらしいが、ここまで昂ぶった感情を抑えられるはずもなく。
 一方的な八つ当たりにすぎないが、もうどうしようもなかった。
「なんで誕生日だって教えてくれなかったんだよ!!」
「うわ!? 馬鹿、苦しっ……!」
 ぷちん、と何かが切れたように聞こえたのは気のせいか。
 ガッと勢いよく孝之の首元をひっつかむと、店員が慌てたように『お客様!?』と声をあげたのが聞こえた。


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