「っし! UNO!」
「うわ、また孝之君かよ!」
「ふふふ。任せなさい……こういうときこそ、ドボンよ!!」
「うわきったねぇ! またソレかよ! そのカード昔はなかったぜ?」
「仕方ないのよ、たっきゅん。それが時の流れというもの!」
「くっ……! だがしかし、変化しないからこそよいこともある!」
「うわぁあああぁ最悪ぅぅぅ!! 何これ! また私4枚!?」
「残念だったな、絵里ちゃん。しばらくは俺のターンだ。あ、ちなみに色は黄色で」
「させるかぁああ!!」
 ウッドデッキでのバーベキューは、お酒が入っている男性陣が特に盛り上がりを見せた。
 ごはんを食べないからなのかなぁ。なんか、すごい量だったはずのお肉がきれいに片付いたあたり、驚くよね。
 同じくらい、大量の野菜を葉月が用意してくれたものの、そっちもきれいになっているんだから、間違いなく私たちもつられてかなりの量を食べたんだろうけれど。
 ちなみに、絵里がどうしても! と作ったカレーは、やっぱり半分くらい残ってしまった。
 ふふ。でもね、あれだけ言ってた田代先生がきっといちばんカレーを食べてたと思うんだよね。
 絵里は何も言わなかったけれど、葉月とその話になったとき思わず笑ってしまった。
 で、現在。
 後片付けもそこそこに、夏空の下UNO大会が繰り広げられていた。
 あちこちにビールの空き缶が置かれていて、箱の中の残りが何本なのか数えたらびっくりするだろうけれど、テンションの高さはきっとアルコールに比例しているだろうから……残ってるのかどうか怪しい。
 お兄ちゃんなんて、さっきからずっと大笑いしっぱなしだし、田代先生だっていつもより声が大きい。
「ん?」
「あ、いえ。なんでもないです」
 しいていうなら祐恭さん――だけど、やっぱりいつもより表情が緩いから、きっとこれはお酒の影響なんだろう。
 眼差しが柔らかくて、ちょっとだけ潤んでるように見える。
 ちらりと見上げたつもりがばっちり正面から見てしまったらしく、ビールを煽ったときに目が合って小さく笑われた。
「せぃやっ! ドロー4にはドロー2よ!!」
「うわ、やられ…………って、ちょっと待った。どこルールだ? それ。逆はアリだけど、ドロー4のあとにドロー2はナシだろ」
「えぇぇええ!? そうなんですか!?」
「絵里ちゃんルール?」
「ちがっ……なんでそうなるんですか! えぇええ!? ちょお、そうだっけ!?」
「いや、俺はUNO自体数年ぶりだっつったろ? しょっぱなにルール確認した俺に聞くなよ」
「んがっ! くぅぅうううこの役立たずがぁぁあ!」
「あァ!?」
 大げさに舌打ちした絵里を田代先生がすごく怖い顔で睨んだものの、きっと本人は気づいてない。
 ぶつくさ言いながら山札へ手を伸ばした絵里は、大人しく4枚カードを引く。
 すでにふたり以外は離脱していて、お兄ちゃんと絵里の勝負。
 ちなみにこの展開は、すでに5ゲームやったうちの2度目。
 なぜかふたりが最後まで残り、ドロー2やドロー4といった大量カードをやりあいっこしている。
「くっ……こんなにあるのに、1枚しか出せない」
 苦虫をかみつぶしたような顔をした絵里を見て、お兄ちゃんが意地悪そうに笑った。
 ああ、こういう顔してるときって、ホントに性格出てるよね。
 葉月は、なんでこんな人がいいんだろう。
 『いつも優しいよ』って言ってるけど、それが本音かどうか計り知れないところもあるから不安。
「んじゃ、俺のターンってことで」
「いいですよ。何枚でも出してください」
「マジで?」
「出せるもんなら出せばいいじゃないですかぁ!」
 手札を並べ替えている絵里は、気づかなかった。
 言いきった瞬間、お兄ちゃんの目がきらりと光ったことに。

「んじゃ、あがりってことで」

 ばららっ。
 音を立てて5枚のカードがオープン。
 時が止まるとは、まさにこういうとき遣うんだろう。
 ぱちくりとまばたいた絵里と同じく、みんなでカードを見つめる。
 黄スキップ、黄リバース、緑リバース、緑5と青5。
 よくもこれだけ集めたなと思うよね、ほんと。
 ていうか、ある意味意地悪でしかないんじゃないだろうか。
 沈黙ののち絵里の絶叫と意地の悪いお兄ちゃんの笑い声を聞きながら、『ごめんね』と同じ血が流れている人間として謝りざるをえなかった。
「絵里、元気出して……」
「元気って何。どこから出てくるものなの。てか、何よそれ!」
 今までと違って、どこからともなくひんやりとした風が吹いてきた。
 ランタンのオレンジの明かりに照らされたUNOカードが数枚流れ、まだ水滴の残っていた缶に張り付く。
 絵里の背中は言わずもがなしょんぼりしていて、さっき息巻いていたときよりもひとまわり以上小さくなっているかもしれない。
「だーら言ったろ? お前のは戦略のうちに入らないんだって」
「……はあ?」
「あそこでドロ2じゃなくて、先に色変えといてからスキップ2枚出しちまえば、お前のほうが有利だったのによー。なんっかい同じミスすんだお前。っとに、頭がいいんだか悪いんだか、ほんとわかんねーよなー」
 ぽつりと聞こえた田代先生の言葉は、どこか酔いをはらんでいた。
 きっと、絵里はそのことに気づいているだろうし、今のセリフだって普段の彼の言葉と考えればそれ以上の反応をしないで済んだはずだった。
 ……はずだった、んだけど。
「っから酔っ払いは……!」
「あぁ?」
「これだから酔っ払いは嫌だっつってんのよ!!」
「ぶわ!?」
 ひとつに束ねたカードを、絵里がケースへしまい込むと同時に田代先生へ放り投げた。
 キャッチの瞬間とっさにバランスを崩したことと、恐らくはお酒の影響とで、鈍い音がデッキに響く。
 ……ああ、痛そう。
 思わず眉を寄せて見ていると、視界から消えた田代先生が、ガシャガシャ音を立てながらテーブルへ手をついて身体を起こした。
「アンタは気づいてないだろうけど、酔うとねぇ、いっつもすぐにそーやって説教始めるのよ! 私に!!」
「はぁ? 別に説教タれてねーだろ。被害妄想もいいとこだぞ」
「妄想じゃなくてれっきとした被害よ! 被害!! っちぃ! 葉月ちゃん! 羽織! 酔っ払いはほっといて、私たちも楽しみに行くわよ!!」
「わっ!?」
「え!? あ、ちょっ……絵里!?」
 何杯めかわからないけれど、葉月はまたもやお兄ちゃんに水を注いであげていたらしく、強引に絵里が腕を引っ張った途端『冷てぇ!』と聞こえた。
「おい、ちょっと待てよ! 行くってなんだ! どこ行くんだお前!」

「ビンゴ!!」

 左手で葉月、右手で私の手首をそれぞれつかんでいる絵里が、すぅ、と息を吸い込んだあとに凛とした声を放った。
 ずんずんと迷うことなく足も向けているから、きっと何もかも彼女はわかっているに違いない。
 でも、当然私も葉月もそうならば、ほかの3人もそうらしく。
「……ビンゴ?」
「なんだそれ」
「…………ていうか、いつの間に」
 ぐいぐいと腕を引かれる私と葉月の背中に、そんなささやきが小さくちいさく風に乗って聞こえてきたけれど、そこは私も同意できる内容だった。


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