「リーチ!!」
「おーっと、ここでリーチの声だぁぁあ!」
 きっとこの場所で、喋ってない人はいないんだろう。
 まるで、西部劇の酒場のような盛り上がりを見せているここは、キャンプ場のイベントデッキ。
 日中は子ども向けのアウトドアクッキングなども行われていたらしく、そういえばチェックインしたときには、たくさんの親子連れでにぎわっていた。
 いくつものランタンに照らされて広がっているオレンジ色の空間は、とてもじゃないけれど日常からかけ離れていて、きっとここにいる誰もが、今を楽しんでいるんだろうな。
「ほーっほっほっほっほ!! あと1つよ、あと1つ!! これでビンゴすれば……間違いなく商品は私の物!!」
 簡易的なテーブルセットに座りながら、私たちはそれぞれ1シートずつ大きなビンゴシートを手にしている。
 でも、普通のパーティーとかで見るようなカードではなく、4つのビンゴが印刷されているまさに“シート”タイプのものだから、数字がたくさんあって、違うこと考えてると追いつけなくなっちゃうんだよね。
 ちなみに、これが3ゲームめ。
 4枚ひと綴りだったシートも、残りあと1枚。
 風が少しずつ出てきたのか、切り取ったシートを飛んでしまわないよう折り畳んでいると、隣に座る葉月がちょんちょんと腕をつついた。
「絵里ちゃん、少しは元気になったかな?」
「うーん……まあ、多分……ね」
「このビンゴだって、きっと一緒にやりたかったんでしょう?」
「それはあると思うよ。だってほら、さっきだって『びっくりさせたかったのに』って言ってたし」
 迷うことなく絵里にここまで連れてこられたとき、どうしてビンゴのことを知ったのかたずねてみた。
 すると、どうやらサイトを見つけたときからいろいろ下調べをしていたらしく、こっそりひとりで私たちの分のシートも購入していてくれたという。
 もちろん、私たちというよりは3組分、なんだけどね。
 絵里の中では、このビンゴ大会はキャンプの目玉だったに違いない。
 UNOをやりながら『あんまり酔っぱらわないでよね』と絵里が言っていたのは、こうなってしまうことを危惧していたからだ。
 結局――なっちゃった、んだけど。
「…………」
 リーダーと思しきキャンプ場のスタッフの声に負けないくらい、絵里はテンションを上げてゲームに参加していた。
 でも、それがやせ我慢に見えちゃうのは、ときどきコテージの方向を振り返っているから。
 誰かしらの姿がないか、ってそう思ってるんだろうなぁ。
 だけど残念ながら、今のところカンテラの明かりも見慣れた人影も、暗闇から現れることはない。
「ほーらー、ふたりともちゃんと数字聞いてないとビンゴしないわよ?」
 きっと、絵里は私と葉月の会話を聞いているんだろう。
 ぬるくなってしまったであろう炭酸ジュースの缶を煽ったあとで、少しだけ困ったように笑う。
「いーのいーの。酔っ払いはほっとけば。いい? 羽織も葉月ちゃんも、今はカレシのこと忘れなさい。いいわね? 今は……」
「わっ!」
「あの商品をゲットすることだけ考えなさい!」
 ぐいっと頬に手を当ててあちらを向かされると、そこには折り畳み自転車が光を受けて輝いていた。
 とあるブランドの折り畳み自転車。
 ああ、そういえば絵里は大学まで自転車で通いたいって言ってたんだよね。
 もしかして、商品があれだってわかってたのかな?
 だとしたら、いろいろうなずけるけれど……でも、それだけが楽しみだった理由じゃないはず。
 なんだかんだいって、みんなで盛り上がることを絵里は好きな子だから。
「どーですか? 盛り上がってますかー?」
「え?」
 軽快なタンバリンの音がしたかと思いきや、スパンコールのたくさん付いた大きな蝶ネクタイをしたスタッフのひとりが、テーブルへ近づいてきた。
 いわゆる、宴会だったらまったく違和感のないようなノリで、年はわからないけれど、アンバランスないでたちに思わず笑ってしまった。
「キャンプで女子会? いいねー。楽しそう」
「いいでしょー? 男子禁制なんで、誘えませんけどー」
「あはは。ですよねー」
 営業トークというよりも、まるで素のセリフに聞こえたけれど、絵里が笑いながらタンバリンを叩いたことで、座りかけた彼が苦笑しながら背を正した。
「さーさ、お客さん。ちゃんと数字聞いて、いい商品ゲットしてね」
「わかってますよー。おにーさんこそ、ちゃんと仕事してよねー」
「う。手厳しいなー、最近の女の子は」
 シャンシャン、とタンバリンを鳴らし、くるりとひとまわりすると、小さくお辞儀をした。
 その様子がまるで舞台に出てくるクラウンのようで、葉月と顔を合わせたとたん、どちらからともなく笑いが漏れた。
 まったく知らない人だけど、なんかこう、ノリがおもしろいというか……なんだろう。きっと、雰囲気がおもしろかったんだろうなぁ。
 その後もほかのスタッフの人たちが声をかけてくれたけれど、どうやら絵里がつまらなさそうにあちらこちらを見ていたのに気づいていたらしい。
 ビンゴゲームがすべて終わったところで席を立つと、最初に声をかけてくれた人に『彼女元気になった?』と聞かれたから。
 こういうのって、サービス業というか、接客業ならではの気遣いなんだろうなぁ。
 あたりを見ると、私たち以外は小さな子どものいる家族連ればかりだったから、ひょっとしなくても気にかけてもらえていたんだろう。
 目立って当然の存在だもんね。
「ありがとうございました」
 ぺこりと小さく頭を下げると、彼がにっこり笑って『よかった』とひとこと口にした。
 そのセリフがあまりにも温かくて、優しくて、迷わず絵里に一連のことを伝えたのは言うまでもない。

「ちぇー。結局これかー」
 そう言って絵里は、くるりと竹串を指でよじった。
 先端に刺さっている大きなマシュマロは、ほどよくきつね色になっていて、ふんわりと膨らんでいる。
 ビンゴの参加賞というか、残念賞。
 結局、リーチまではなったものの、あと一歩というところでどのシートもビンゴには届かなかった。
 でも、楽しかったからいっか。
 絵里のひとりごとはまさしく楽しそうな音を含んでいて、葉月と一緒に大きくうなずいたのはついさっき。
 今はもう、カンテラを片手にコテージのすぐ近くまで戻って来ちゃったから、あつあつのマシュマロも冷めてしまった。
「……ん?」
 きっとまだデッキでわいわい盛りあがっているんだろうと思っていたのに、見るとそこには誰の姿もない。
 どうやらそう思っていたのは私だけじゃなかったらしく、葉月と絵里も、デッキへの階段を上がりながら不思議そうな声を漏らした。
「って、ちゃんと片付いてるし。酔っぱらってるのか違うのか、ほんっとわかんないわよねー」
「ほんとね。ちゃんと火も始末されてるし」
 あんなに散らかっていた空き缶は、ひとつ残らずゴミ袋へまとめられていた。
 塩焼きそばがどうのと言っていた鉄板もなく、炭もすでに廃炉へ処分でもされたのか灰も残っていない。
 あるのはただ、それぞれにちゃんと分類されたゴミの袋だけ。
 ホント、誰が率先したのかはわからないけれど、こういうちゃんとしてるところは、さすがだなと思った。
「雨が降っても困るし、一応椅子も片付けておく?」
「そうだね。あ。それと……これもね」
 てきぱきと椅子をたたみ始めた葉月に、絵里が透明のケースを手に取って見せた。
 さっきまで……というにはずいぶん時間が経ちすぎてしまったけれど、あの、UNOのケースだ。
 カードはしまわれてなかったけれど、テーブルの端っこに山を作っている。
「それにしても、どこに――……あ」
「え?」
 葉月が畳んで、絵里が私に渡して……を始めたところで、絵里があっちを向いた。
 どうやら煙草でも吸いに行っていたらしく、ライターと煙草をセットで持ったお兄ちゃんが、玄関ではなくこっちへ歩いてくる。
「やっと帰ってきたか」
「孝之さんこそどこ行ってたんですかー。こんなかわいい葉月ちゃんほっといたら、どっかのチャラ男に口説かれますよ?」
「へーきへーき。どんだけナンパされても、ソイツはついてかねーから」
 ひらひらと手を振ったかと思いきや、持っていた煙草とライターをまとめてテーブルに置いた。
「あ。置くなら中にしてね。雨が降ったら困るでしょう?」
「あ? あとでな」
「もう。あとでじゃ忘れちゃうでしょう? 濡れちゃったら使えなくなっちゃうのに」
「へーきだっつの」
 今、雨が降ったらって話をしてたのに、もしかして聞いてないのかな。
 ていうか、もしかしなくてもまだ酔ってる?
 そういえば、足取りがどこか怪しい。
「んで? 何してんだ? こんなとこで」
「見てわからないの? 片付けてるんじゃない」
「ンなことしてる場合か?」
「……え?」
 葉月が持っていた椅子を取り、さっさと開いて腰かけると、すぐそこにあった水のペットボトルを呷った。
 口ぶりは酔っ払いそのものなのに、内容がちょっとだけ引っかかる。
 場合って……どういうことだろう。
 意味深というか、あえて意図したような言い方に、思わず絵里と葉月の顔を見るものの、やっぱりふたりも首をかしげるだけだった。

「純也さん、今ごろ風呂で浮いてんじゃね?」

「…………」
「…………」
「…………」
「ッ……えぇぇえええ!?」
 一瞬の間のあいだに、今聞いたセリフがいったいどういう意味なのか考えてみたものの、やっぱり聞こえたとおりにしかとらえられず、夜も更けたというのに大きな声が出てしまった。
 や、だってあの、え、あのっ……浮いてるって……それって!
「ちょお! どういうことですか、孝之さん!」
「いや、まんまの意味。さっき風呂入るつったきり出てこねーし、大丈夫かなーって。少なくとも、もう20分は経ってるぜ?」
「えぇええ!? 何してんのアイツは!?」
 ふー、と大きな息をついたお兄ちゃんの顔は、酔っぱらってるふうではあるけれど、真相がどうかはわからない感じだった。
 でも、そこまで茶化したように笑ってるわけでもなければ、かといって真剣すぎるものでもなくて。
 うぅぅう、なんなのいったい!
 いつもの調子とちょっと違って、だからこそ一気に不安になる。
「あと祐恭もな。アイツ、部屋に戻ったまま全然出てこねーぞ。ぶっ倒れてんじゃねーの?」
「な……!」
 かと思いきや、ふいに目が合った。
 とんでもないセリフが、わんわんと妙な響きを持って頭の中でリフレイン。
 倒れてる……って……祐恭さんが? 部屋で……!?
 ドラマに出てくるような、ベッドへうつ伏せで倒れている主人公を思い浮かべてしまい、一気に血の気が引いた。
 ちょっとだけ待ってみたものの、お兄ちゃんが噴き出す様子もなく、葉月が何か言っているけれど、肩をすくめて見せるだけ。
 これは……っ……これは!
「ッ!!」
 嫌な予感しかなくて鼓動が一気に早まり、サンダルを蹴飛ばすようにしてデッキからリビングへ直接上がる。
 方向は違うものの、絵里と一緒に駆けだしたのは、そのすぐあとのことだった。


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