後日、ふたたび先日とまったく同じメンツが学食で一同に介した。
時は少し違い、今は昼休み。
すぐそこにあるカウンターには、食券を持った学生らが列を成している。
そんな学食の、一番端にあるテーブルの中央。
ここに、見た目もかわいいハート型のチョコレートが四葉のクローバーをかたどって鎮座ましましている。
「これは?」
「海外セレブ御用達の、属性チョコらしいっすよ」
「属性……え? どういうこと?」
「なんでも、中身がそれぞれ違うらしいんすよ。ウィスキーボンボン風の、媚薬とかって考えてもらえればいいんじゃないすかね」
純也さんがものすごく怪訝そうな顔をしているが、きっと俺も同じような表情でいるんだろうな。
唯一違う反応をしているのは、孝之の隣できらきらと瞳を輝かせながら、チョコへまさにがぶり寄りの食いつきを見せている山中先生だけ。
彼は、学食へ入ってきて孝之を見るなり『よろしくお願いします先生!!』と難解なことも口にしている。
「効能っぷりは知らないすけど、優人が言うには、ツンデレとかロリとかなんかそんな感じになるとか。つってもま、優人が言うことなんでどこまでホントかってトコすけどね」
腕を組んで肩をすくめた孝之の後ろに、嬉々としてこれをプレゼントしている優人が見えた気がした。
アイツは今も昔と変わらないんだろうな。きっと何もかも。
そんなヤツと羽織が従兄妹だというのが、何度も思うことだが信じられない。
……まぁそもそも、あの孝之の妹という点が今でも納得できないが。
「…………」
誰よりも食いついた反応をするに違いないと思っていたにもかかわらず、当の山中先生は微動だにしない。
食い入るようにチョコレートを見つめてはいるが、何も言わないのだ。
……もしかして、ツボじゃなかったんじゃないか。
そもそも過去に一度使ったことがあるんじゃないのか。
いやいやいや、裏の裏で実は引いてるんじゃ。
それぞれがそれぞれの顔を見て目だけで会話していると、ふいに山中先生が両手を握りしめた。
「う……」
「……山中先生?」
「うわあぁあん、ありがとうございます!!」
「うっわ」
ガターンと椅子を押し倒す勢いで立ち上がった彼は、孝之の手を掴むと勢いよくぶんぶん振り回した。
「僕は、僕はぁああっ……! 感動しています! だって、こんなステキなものをいただけるなんて思ってなかったんですから!」
「え、いや……はあ」
「うわぁああん、本当にっ! 本当にありがとうございますぅぅう!!」
もしかしたら、慣れたのかもしれない。
まるで当選した議員のごとき狂喜乱舞っぷりにもかかわらず、孝之は椅子に座ってなされるがままになっていた。
成長したのか、それとも彼には何を言っても通用しないと悟ったのかは定かでないものの、事情を知らない周囲の人々は珍妙なものでも目にしているかのような視線を向けていた。
「あら、何これ。おいしそうね」
ひょい。
一瞬だった。
本当に一瞬、俺たち全員が目を離した瞬間、箱そのものが消えうせた。
「ッうわ!! 絵里!?」
「ん、ぶぇ! 何コレ! ウィスキーボンボンじゃないのよ、やだー。にが! うえ、あま!」
「う……苦い……」
「……オトナの味だね」
「ちょ……待てーー!!」
なんという早わざか。
いや、そもそもがそういう問題じゃない。
なんで、ぱっと目にした瞬間のモノを躊躇なく食べることができるんだ。
もちろん、それは――俺の彼女”にも言えること。
確かに、聞こえはした。
おそらく目にも入った。
絵里ちゃんが箱を取り、ものの1秒で羽織と葉月ちゃんとにひとつずつチョコレートを渡した瞬間は。
だが、まさかこうもあっさり実食されるなど、一体誰が予想する。
「絵里!! 馬鹿かお前!!」
「あ、馬鹿って言ったヤツが馬鹿なんだからねって言葉いまどき小学生だって遣わないけど言うわよ、馬鹿じゃないの?」
「くっ……めんどくせぇなお前!」
三者三様の反応をしたということは、すでに彼女らの胃の中へ納まっているのだろう。
例のチョコレートという名の、ある種の薬物が。
……うわ。最悪だ。
優人が持ってきたという点ですでに危険物なのに、内容物の確認もせず食べさせてしまった。
怪しげなブツで間違いないモノ。
そもそも、健康上の被害うんぬんはクリアできているのか。
「おっま……っかじゃねーの!! こン馬鹿が!! 出せ!!」
「え、っと……でも、もう溶けて……」
「じゃあせめて水飲め! がっつり薄めろ!!」
「どういうこと?」
ガタンッと勢いよく椅子から立ち上がった孝之が、葉月ちゃんの腕を掴んで自販機コーナーへと引っ張って行った。
その様子を、当然周りの人間が驚きの声をあげて見ているが、本人はまったく気にしていない。
まぁ、当然だろうな。
ヤツにとって、今こそ一大事。
俺たち以上に中身を知っている人間だからこそ、まさかの事態に身体中の血が逆流か沸騰寸前か。
「……大丈夫?」
「え? 何がですか?」
「いや、だから。その……今食べたチョコ。変な味しなかった?」
「変な味っていうか、確かに、ちょっと苦かったですよ。お酒みたいな」
その様子を見ていた羽織の肩をたたくも、うーん、と顎に人差し指を当てたまま首を振った。
しかし、その様子を見ながらも当然こちらは冷や汗しか出ない。
お酒みたいな。
果たしてそれは、本当にアルコールの類か。
さすがの優人も法に触れるような何かを持っているとは思えないが、だからといって自分の彼女が平らげてしまった以上、目を離したくないのが正直なところ。
どうやらそれは純也さんたちも同じだったらしく、純也さんは絵里ちゃんに説教し続けており、遠くからは孝之が葉月ちゃんへとくとくと何かを諭しているらしき声が響いてきた。
それぞれが食べてしまったチョコレート。中身は一体……?
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