「ご褒美をあげるよ」
 これ以上、甘美な言葉はない。
 だから、ついつい……何も言えなくなってしまう。
「……っ……祐恭さん……!」
「何?」
「やっ……あ、の……だからっ! この隣っ……人が……!」
 腰を引き寄せている、大きな手。
 白衣の間を抜けて、躊躇することなく普通に抱かれたまま。
 だから、普段ならまず聞くことのない音ばかりが耳につく。
 ほかの服と違って……やけに主張しているこの音が。
「……いいんじゃない?」
「なっ……!」
「大丈夫だって。バレないから」
「そ……いうことじゃなくてっ!」
 あっさりすぎるほどあっさりと、ぽつりと返事が来た。
 まるで、本当に気にしていないみたいに。
 ……ううん。
 みたい、じゃなくて本当にそう思ってるはず。
 一向に緩むことない、彼のこの手からすれば。
「さて。……それじゃ、立ち話もナンだし座ろうか」
「っ……!」
 少しだけ声が高くなった。
 途端、腰を抱かれたままソファへと半ば無理矢理に連れて行かれる。
 ……ソファ。
 そういえば、まだ座ったことなかったんだっけ。
 なんて、今とまったく関係ないことがどんどん頭に浮かんだ。
「んっ……!」
 質のいいソファが、全身を柔らかく包む。
 と同時に、私を組み敷いた彼が薄っすらと笑みを浮かべた。
「なんか……コレはコレで、イケナイ感じがする」
「っ……な……!」
「実習生に手ェ出してるみたい」
「ッ……う……きょうさんっ……!」
 なんて顔をするんだろう。
 しかも、私のすぐ目の前で。
 瞳を細めて、いたずらっぽい感じなのに、そこはかとなく艶やかな色めきもあって。
「……ひゃ……ぁっ…!」
 ボタンを外されたシャツの間から手が差し込まれ、思わず声が漏れた。
 ソファが鈍く軋み、わずかに音が響く。
「あっ……やだ……っ!」
「……そんなに弱く抵抗されると、なんかこう……一層、ソレっぽいから困る」
「何がですかっ!」
「……うん。……ソソるね」
「祐恭さん!」
 もぞもぞと動いて抵抗して見せたところで、がっちり押さえ込まれた身体は簡単にほどけるはずもなく。
 ……それどころか、なんだかもっと強く固定されちゃったみたいな。
 にやにや余裕たっぷりな感じに笑っている彼を見て、情けなく眉が下がった。
「ぁっ……」
 ゆっくりと、彼が唇を首へ寄せた。
 くすぐったさと……ぞくりとする快感と。
 戸惑う私を、さらに彼は追いやる。
「や……ぅ……」
 舌が纏わり付くように耳たぶを舐めた。
 濡れた感触と、音。
 しどけなく開いた唇からは、止まることなく声が漏れる。
「……聞こえちゃうよ?」
「んっ……!」
 意地悪な彼は、いつだってそう。
 私を困らせるように、耳元で囁く。
「誰か来たら……どうするのかな……?」
「う……きょうさんが……っ……」
「……俺が何?」
「っ……もぉ……やだぁ……」
 つつ、と人差し指が頬を撫で、顎へと及んだ。
 そして――……唇をなぞる。
「……こんな格好、誰かに見られたら……困るね?」
「困ります……よぉ……」
 指が、今度はそのまま下へと向かった。
 顎を通って、首。
 そして……胸元へ。
「っ……」
 開ききっているシャツからは、今朝着けたままのブラがしっかり見えてしまっていた。
 もちろん……胸も。
 白衣と、ピンクのシャツと……ピンクのブラ。
 その色のコントラストがすごく私らしくなくて、やらしく見える。
「ひゃ……っ……!」
 目の前の彼が、確かに笑ったのを見た――……次の瞬間、唇が胸元へ及ぶ。
 ぺろり、と舐める舌。
 ぞくっと反応を示したからか、止まることなくさらに続けてくる。
「んんっ!」
 舌先が胸の先端を包んだ。
 ぞくぞくっと身体が震えて、手に力が篭る。
「や……、あ、ふ……はぁっ……ん……」
 身体が、震える。
 情けないくらい眉が下がって、どうにもならないほど身体が揺れる。
 ……気持ちも。
 彼が触れているすべての箇所が、意識あるかのように。
「んっ、あっ……!」
 びくっと身体が大きく震えた。
 続いている、舌での愛撫。
 でも、それに続いて今度は、太ももを彼の手が撫でた。
「ひゃ……っ……ぅあ……!」
 つつつ、と辿るように動いた手のひらが、下着へと触れる。
「……感じてるんだ」
「っん……や……喋るの……っ
「……これが、何?」
「ひゃぅ……ん!」
 くわえたまま、って言ったらいいだろうか。
 ……もぉ……やだぁ。
 舌をしっかりと絡めたまま彼が言葉を紡ぐたび、ぴりぴりとした感じが身体に広がる。
 ……自由が、利かない。
 そう思うくらいに身体から力が抜けて、思い通りにならなくなる。
 恥ずかしい。
 でも……嫌いじゃ、ない。
「っ……」
 なんて、そんなこと言えないけれど。
「濡れてる……?」
「やっ……」
「確かめようか」
「なっ……! あ、やっ……ダメ……っ!」
 ぼそぼそとくぐもった声が聞こえるたび、なんともいえない感じが身体に満ちる。
 だけど、それよりも先に、彼はショーツの隙間から指を入れた。
「あぁあっ……!」
「……しっかり主張してるよ……?」
「や、あぁっ……も、いじわ……るっ……」
 ぬるりとした感じが、秘所の先端をつついた。
 円を描くように撫でられ、もう、息をするのもつらいほど。
 ……苦しい、の。
 息がどんどん上がって、何も言えなくなっちゃう。
「あ、ふ……ぁ、んっ……祐恭……さっ……」
「何……?」
「……ぅ……あ、もぉ……っ……や」
 じんわりと涙が滲むのがわかった。
 でも、そんな私とは反対に、うっすら瞳を開いた先にいたのは満足げな笑みを浮かべている……彼。
「どうした?」
「……ぅー……」
「そんなに悦ばなくても……」
「っ……違います!」
 にまにまと見つめてくるのは、あの――……眼鏡越しの、瞳。
 ……苦手。
 ぞくっと心の深い場所が震えて、身体いっぱいに妙な感じが広がる。
 弱点、って言ってもいいかもしれない。
 彼の、この独特の眼差しは。
「あんっ……!」
 ちゅぷ、と濡れた音がして、中に指が這入って来た。
 びくっと身体を揺らして反応したのが、いけなかったのかもしれない。
 すぐに彼は指を増やして中を探り始めた。
「……あ、も……っ……だめ……ぇ……」
「ダメじゃない」
「だ、めなの……っ! もう……っ……ん、や……っ」
 濡れている音が、どんどん大きくなり始めた。
 同時に、一層自身を煽られる。
 びくびくして、苦しくて。
 だけど――……どうしようもなく、気持ちよくて。
「はぁっ……は……んぁう……」
 短く息をつきながら、彼の腕をシャツ越しに握る。
 ……でも、するんじゃなかった、ってすぐに思った。
 なぜならば、彼のその逞しい腕が動くのと同じタイミングで、悦を感じるから。
「……もっと、ってこと?」
「ち……がうのっ……! そ、じゃなくて……っ」
 楽しそうな声に首を振り、はぁはぁと荒く息をつく。
 すると、指の動きが止まった。
 ……静か……っていうか、ない……?
「え……?」
 掴んでいた腕が後ろに動いて、彼が指を……抜いた。
 いきなりのことで、思わず素直に反応してしまう。
「……違うのあげようか」
「え……?」
「ホントは早く欲しいクセに」
「……ち、ちがっ…そ…んな…!」
 ぺろり、と目の前で彼が指を舐めた。
 やらしく光る、それ。
 いつものことだけど、やっぱり、何度見ても慣れることはない。
「私っ、そんな……! それに、隣には……その、沢山っ……人が……!」
 しどろもどろになってるのは、自分でもわかる。
 でも彼は、満足げに微笑んだままで、ポケットからお財布を取り出した。
 ……まさか。
「っ…………祐恭さん……まさか……!」
「持ってるよ? ちゃんと」
「っな……!」
 なんで。
 ぱくぱくと口だけでそう告げると、意外そうな顔をした彼が、少しだけ肩をすくめた。
 まるで、心外だとでも言わんばかりに。
「嫁入り前の大事なお嬢さんに……ねぇ」
「な……んですか……っ」
「いろいろとマナーってモンがあるだろ? ……たしなみっていうか」
「っ……」
 にんまり微笑んだ彼が、封を切って取り出したソレを――……自身に当てた。
 ……ぅ。
 なんていうかこう、自分の格好のほうがよっぽど『どうなの』って思うんだけれど、ええと、その……目の前で見てしまうっていうのが、なんかこう……やっぱり、恥ずかしい。
 ……うー……。
 でもこの前そんなことを言ったら、『何を今さら』って笑われたんだけれど。
「……さて」
「わっ!」
 ぎし、とひときわ大きくソファが沈んで、彼が隣に腰かけた。
 そして、そのまま――……熱っぽい視線を私に向ける。
「……あ……」
「おいで」
 伸びた手が、顎を捉えた。
 ……逃がさない。
 まるで、そう言うかのように。
「……こ……うですか……?」
「ん。……上手」
 どくどくと鼓動が早まる。
 でも、それ以上に彼は、楽しげに私を誘った。
 足を開いて、スカートを……自分でちょっとだけつまむ。
 そして、そのまま……彼へ、またがるように。
 我ながらなんて格好なんだろうとは思うけれど……でも。
 やっぱり、その……ここまで来たら、戻れないっていうか……。
「っ……あ……、あっ……!」
 ゆっくりと腰を下ろすと、秘所に当たる確かな硬いもの。
 支えるように腰から背中へ手を当てた彼が、促すように私を見上げた。
「んっ……! は……ぁ」
 自重で、しっかりと根元まで這入った彼自身。
 どくどくと胎内で脈打つのがわかって、それがちょっとだけ……嬉しくもあった。
「っ……あ……!?」
 ぎゅうっと私を抱きしめてくれた彼が、急に動き出した。
 ……ううん。
 それはまさに、一瞬。
 こんな体勢から一気に私を抱き上げたかと思いきや、そのまま――……場所を変えたのだ。
「えっ、や……!? な、んでっ……!」
「……ちょっと硬いかもしれないけどね」
「なっ……!?」
 数歩歩いた彼が、私を下ろした場所。
 それは、さっきまで資料の入ったダンボールが載っていた、長机だった。
 ふたつ合わされた、硬いそこ。
 普段は、たまにゼミの学生らが使うくらいとも言っていたっけ。
「やっ……! 祐恭さん、こんなっ……!」
「……いい眺め」
「ッ……!!」
 ぺたん、と長机に背中をつけられて、秘所どころか……繋がりの部分も、すべてさらけ出す格好。
 立ったままの彼が、私を見下ろしてニヤッと笑う。
 それを見て、恥ずかしさから顔に血が上った。
「っ……あんま……締めるな」
「やぁっ……! こ、んなっ……! こんなのって……!!」
「どうして……? すごくかわいいのに」
「かっ、わいくなんかっ……!」
 ふるふると首を振るたび、白衣の擦れる音が耳元で響いた。
 ふと顔を横にすれば、皺の寄った白衣の裾と乱れている自分の髪。
 ……もぉ……やだぁ。
 半泣きになりながら彼を見上げると、少しだけ表情を緩めてから……頬を撫でた。
「んっ……!」
 深くまで彼を感じて、たまらず声が漏れる。
 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、幾度か頬を撫でてくれた彼は手を頭に回した。
「……好きだよ」
「っ……」
 ズルい、って咄嗟に思っちゃう私は……いけない子なんだろうか。
 なんだか、誤魔化されてるような気がして、ほんのちょっぴり悔しくなる。
「あまりにも、羽織がかわいいから……つい」
「……うそだもん」
「嘘じゃないって」
 ぽつりと、考えていたことが漏れた。
 でも、それを聞いてすぐに、彼はくすくす笑いながら否定してくれる。
 ……ホントは、そうしてほしかった。
 だから、寄った眉も少しだけほぐれる。
 …………相変わらず、正直というか、単純というか……自分が情けない。
「…………」
 本当は、嬉しいのに。
 ただ、彼に確かめたいばかりに……意地の悪いことを言ってるだけ。
 そうわかってるのに、もっと、欲しがる。
 言葉で、態度で、彼が私に向けてくれている気持ちの証を。
「……あ」
「かわいいよ」
「っ……そんな……」
「そんなこと、あるって。……かわいいから、いろいろやりたくなるんだから」
 吐息混じりの声で、彼が囁く。
 甘い、言葉。
 素直に……うん、って言いたくなっちゃう、彼だけがくれる言葉。
「……っ……!」
「キスしようか」
「あ……っ」
 ぐいっと彼が突き上げ、身体を曲げた。
 キツイ、角度。
 ……でも、すぐそこには……彼の顔がある。
「ん……っ……」
 身体を少し起こしてから、唇を寄せる。
 柔らかくて、温かくて。
 ……大好き。
 重ねたままで、そう強く想う。
「んっ……!」
 わずかに離れたとき、彼が動き始めた。
「あ、っ……あ……ん!」
 途端、それまで治まっていた快感の波がまた立ち上がり始めた。
 ぞくぞくと背中が粟立ち、繋がった部分が震える。
「……気持ちい……」
 掠れた声が降ってくる。
 それを聞くのが……やっぱり、好き。
 ぞくぞくした身体をしっかり確立させるためにも、腕を精一杯伸ばして彼を捕まえていた。
「……羽織……」
「っ……ん、んっ……! う……きょうさ……っ……」
 ――……そのとき。

 カタンッ

「ッ……!!」
「……くっ……!」
 瞳が丸くなると同時に、ぎゅっと身体に力が篭った。
 途端、彼が小さく呻いて身体を折る。
「……な……んだよ急に……」
「だ、だって……! 今、音が――……っ!?」
 恨めしそうに睨んだ彼に、慌てて首を振った……とき。
 ふと顔を左へ向けたら、思いも寄らぬものが見えた。
 間違いなんかじゃない。
 これはもう……まぎれもなく、本当。
「う……きょうさ……っ……」
「……何?」
 小さく小さく囁きながら、ドアを指差す。
 心なしか、その手が震えていたのは……多分、気のせいなんかじゃない。
「……あ」
 その先を見た彼もまた、小さく呟いた。
 ――……けど。
「……え……?」
 なんでだろう。
 私を見て、にやりと笑ったのは。
「ッ!!」
 ぎゅうっと秘所に力が篭った。
 だって、急にまた動き出したんだもん。
 しかもっ……!
 しかも、この、今の状況をばっちりと見ていながら……だよ……!?
「なっ……んで……!」
「だから、言ったろ? ……あそこは、向こうからは見えないんだって」
「でもっ! でもっ!!」
 どくどくと鼓動が早くなり、顔も手も何もかもが熱くなる。

 見ている人が、いる。

 私からばっちりそう思えるふたりからは、中の様子が見えない。
 彼が言うように、確かにあちらからは見えないから。
 それは、私も実際体験したから……間違いないだろう。
 ……それでも。
 やっぱり、こちら側からはすべて見えているわけで。
 落ち着くはずがないのに……!
「っ……ん……!」
「……ほら。声出したら、バレるだろ?」
「そ……っ、だっ……て……!」
 慌てて両手で口を押さえるものの、落ち着くはずなんかない。
 現に、心臓が飛び出すんじゃないかってくらいなのに!
 なのに、どうして彼はこうも平然としていられるんだろう。
「大丈夫だって。レポート出したら、帰るから」
「けどっ……!」
「それよりも――……自分の心配したほうがイイんじゃない……?」
「っ……!」
 にや。
 見事なまでに彼の表情が変わり、瞳が丸くなった。
 そして――……
「ッ……!!」
 彼が一層強く早く律動を送り始めたのも、このときからだった。


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