「へぇー、そうなんだー」
「うん。……えへへ」
 ざわざわと、一向に静かにならない店内。
 ここは、4階建てのビルに入っている、チェーンの焼肉屋さん。
 少し上を見上げれば、天井にほど近いところにはもうもうとした煙が漂っている。
 ふたつのお座敷を借り切っての、会。
 換気扇はフルで回ってるみたいだけど、実はあんまり意味がないらしい。
 普段とは……というか、普段ならばまず足を向けることがないであろうお店に、今、私はいた。
 ……でも、正確には『私たち』だよね。
 なぜならば、今は――……。

「それじゃ、我ら心理の今後を祝してーぇ……かんぷぁーい!!」

「かんぱーい」
「乾杯ー」
「よろしくねー」
 一斉に、グラスの音が響いた。
 ……でも。乾杯するの、これで何度目……?
 するたびに音頭をとる人は違っているけれど、でも、同じ……だよね。言ってる内容は。
 みんな、酔ってるのかなぁ……なんて、ちょっと苦笑が浮かんだ。
「えっと……羽織ちゃん、だよね?」
「うん?」
「ほら! お兄さんが、司書さんの!」
「……あー……」
 隣のテーブルからやって来たふたりは、瞳をきらきらさせながら小さな円を作るように座った。
 どうやら、まだお兄ちゃんのことを追っているらしい。
 ……うーん。
 これといった情報をまったく提供できなくて、ちょっぴり申し訳ないんだけれど。
「……あれ?」
 なんて思っていたら、今度は同じクラスの男の子に誘われて違うテーブルへと離れていった。
 う……うーん……?
 まさに『イマドキ』という雰囲気が漂っていて、ちょっぴり……し、心理って前途多難……?
 って、そんなこと思うのは私だけなんだろうけれど。
「……ん?」
「なんか、居場所ない感じじゃない?」
 つんつん、と肩をつつかれて振り返ると、そこには彼女がいた。
 ざわついた店内でも、はっきり聞こえる声。
 どちらかといえば、小さいと思える声量。
 だけど、苦笑しているのを見て、つい私も苦笑してうなずく。
「……でも私としては、はーちゃんがいてくれて助かるっていうか……ホントにありがたいよ?」
「え、や……あのね。それって……私も同じかも」
「あはは」
 ウーロン茶のグラスを手に隣へ座った彼女は、小中と同じ学校だった友達。
 昔から、スポーツ万能で勉強もできて……何かと絵里と競ってたっていうか、目立ってたっていうか……ライバル? なのかな。
 違う高校になっちゃったけれど、去年再会したんだよね。
 ――……そう。
 あの、推薦入試のときに。
 ……今から、もう5ヶ月も前なんだね。
 あの、ある意味私の運命を決定付けた、七ヶ瀬の推薦入試の日は。
 あのとき私は、小さく震えながら大学の廊下で椅子に座っていた。
 あれは、寒さだけのせいじゃない。
 むしろ、それよりもずっと強い、緊張と不安のせいで。
 ……でも。
 そんな私と同じように、不安げな表情で座っていた子がいて。
 しばらくはじっと座っていたんだけれど、急に落ち着かない様子であたりを見回し始めたんだよね。
 それで声をかけてみたら……受験表をなくしたって話になって。
 だから、そのとき実はまだ気づかなかった。
 相手が、あの『はやみー』と昔呼んでいた友達だったなんて。
 だって、当時はショートカットでいつも元気に振る舞ってたから、髪を長くした彼女に会うのが久しぶりっていうか……ホントに変わったんだもん。
 だから、わからなかったんだよね。
 ――……で。
 慌てて、そのとき試験監督をしていた大学の先輩方と一緒にあたりを探したんだけれど、なかなか見つからなくて。
 結局、トイレの洗面所に置かれていたのを、ほかの受験生が見つけて持って来てくれたんだよね。
 ……実は……そのときの行動が元で、弾かれちゃったんだっけ。
 当時はすごくつらくて、すごく泣いたんだけれど……それも、いい思い出なんていうふうに思えるのは、今があるから。
 心底、今の自分の立場を誇らしく思うと同時に、すごくすごくほっとする。
 それに、あのときがあったから、こうしてまた彼女とも繋がることができた。
 ……昔の友達とまた再会して、同じ目標を目指せるなんて、すっごく嬉しいんだもん。
「ね。そういえば、この間のレポートってもう書いた?」
「え! あれって……だって、まだ……あれだよね? え、はやみー、もうやったの?」
「全部はやってないよ? さすがに。でも、半分はやったかな?」
「っ……う、早い……っ」
 さすが。
 思わずそう言うと、彼女はくすくす笑いながら首を横に振った。
 昔から、絵里と競ってたもんね。
 ……そういえば、再会したことを絵里に言ったら、目の色を変えてたっけ。
 『マジで!? ちょ……今度何で勝負しようかしら』とか言ってたような気がしないでもない。  …………でも、絵里がそう言うのもわかる……かも。
 だって、あの絵里が『ライバル』って認められるような子、私が知ってる限り彼女だけだもん。
「……でも、よかった」
「え?」
「こうして、一緒の大学に入れて」
 にっこり笑った彼女を見て、反射的に笑みが浮かぶ。
「うんっ!」
 出会いって、本当に味なものなんだなぁ……って思ったのは、彼女と再会してから。
 だって、ほんのわずかでも違えば、全然違う人生を歩んでたに違いないのに。
 ――……結局。
 そのあともこれまでの学生生活についてだったり、これまでの生活についてだったり、いろいろと話すことは尽きなかった。
 

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