「………………」
……不思議な子だな。
アレほど、彼女と関わるのは絶対に御免だと思ったのに。
あの――……DVDのような、情けない自分を受け入れるなんて不可能だと思ったのに。
穏やかな彼女に触れることができたせいなのか、俺はアルバムやパソコン内にあった写真を、再度確かめようとすら思い始めていた。
アレほど、否定したのに。
……なのになぜなのかは、俺にも正直よくわからない。
ただ――……ひとつ。
やはり、すべての行動があの子のためになるような気がして……だとは思う。
あんなに傷つけて、あんなに苦しめたのに、俺に対してそんな感情をひとつもぶつけて来なかった。
責められて当然なのに。
なのに彼女は――……微笑んですらいてくれて。
ありがたい、といえば安っぽい言葉だが、それ以外に思い当たる言葉もなく。
……もっと、的確な言葉があるはずなのに、今はまだ出てきてはくれない。
「…………」
ただ、こう思うことになったそもそもの理由は、今日、彼女に会えたことがきっかけになったのは言うまでもない。
だからこそ、彼女との記録である写真に手をつける気になったんだから。
周りが、そこまでいう『俺』。
その溺れきった男の姿を、自分の目でも見たくなった。
「…………」
パソコンのそばにあるボードへ貼り付けられている、幾枚もの写真。
そこには、信じられない自分の姿ばかりが写っている。
……いや。
正確には、俺なんかよりもずっと多いのが、彼女の写真。
笑顔であり、はにかんだ顔であり……泣いているモノであり。
中には、寝顔なんていう無防備な写真も納められていた。
……だが、どれを見たところで、自分は否定するばかり。
あんな顔をするはずがない。
俺であるワケがない。
そんな言葉ばかりを何度も繰り返し唱えるようになってすらいた。
……なのに、だ。
ここに来て、写真を見てみようと思った。
それはイコール、ほかの自分をもある意味受け入れることになるかもしれない。
だが、今回の行動は無論、好奇心であることに変わりない。
少なくとも俺は、戻りたいと欠片も思っていないんだから。
……彼女には申し訳ないが、それでもやっぱり俺は――……。
「あれ?」
マンションの駐車場に車を停め、エントランスに入ったとき。
すぐ後ろから、声がかかった。
「おかえりなさい」
「……あ。どうも」
にこやかな笑顔を見せてくれたのは、管理人の男性だった。
手にごみ袋を持っているあたり、掃除でもしていたんだろうか。
こんな時間まで、相変わらず真面目な人だ。
「あの……瀬尋さん」
「え?」
「ぶしつけだとは思うんですが……最近、彼女見かけませんけど……具合でもよくないんですか?」
あたりを見回し、まるで何かを確認するかのようにした彼が深刻そうな顔を見せた。
眉を寄せ、言葉通りいかにも心配しているような感じ。
初めて見た表情だということもあって、少し驚く。
「……え……彼女というのは」
「やだなぁ、羽織ちゃんですよ。いつも一緒にいらっしゃるじゃないですか」
「っ……そう、ですか。いつも……?」
「もちろんです」
彼女。
その言葉で大方の予想がついてはいたが、やはり出てきた名前はそうだった。
……いつも、一緒にいる。
恐らく、彼が最後に彼女を見たのは先週の話なんだろうな。
週末にはすでに、彼女を見かけたとしても独りであったに違いないんだから。
「羽織ちゃん、いつも声かけてくれたんですよ。……あ、と言っても、あいさつ程度ですよ? もちろん」
「……そうですか」
「ええ。なので、やっぱり笑顔が見れないのは……なんだか寂しくて」
まじまじと俺が見ていたのを、違う意味で捉えたらしい。
慌てて言い直したあたり、つい言ってしまいそうになるんだがな……。
『今は別に、嫉妬などしたりしない』と。
「…………」
それとも、彼がそんな態度を見せたということはつまり、以前までの俺がそんな反応を見せたことがあるということなのか。
……情けないというか、恥ずべきことだがな。
とはいえ、当時の俺はそんなこと考えすらしなかったんだろうが。
「あ。すみません、お引き留めしてしまって」
「……いえ、そんなことは」
しばらく、何も言えなかった。
彼女と一緒じゃないというか……今はそれこそ、そんなことはできない身分。
彼女に離れられたというよりは、こちらから突き放したようなモノ。
……申し訳ないな。
だからこそ、俺じゃなく彼女を求めている彼には、とてもじゃないが口にできない言葉だ。
「……彼女なら、元気ですよ」
「え?」
頭を下げ、エレベーターに向かおうとしたとき。
何も言わず……と思ったんだが、そうはいかなかった。
……なぜか。
ほんのひとことながらも、彼女に関する言葉が出た。
それこそ、いったいいつ以来だ。
自分からあの子のことを思い浮かべたなんて。
「今は、その……事情がありまして、自宅に戻ってるんです」
「あ、そうなんですか? ……それじゃ、瀬尋さんお寂しいでしょうね」
「……え……?」
「だってほら、いつだって一緒にいらっしゃったんですし……それにほら。今も、そんな顔されてますよ?」
くすっと笑われ、思わず瞳が丸くなった。
自分じゃそんなつもりはまったくないし、そんな気もない。
だが、彼は言う。
俺が寂しそうだ、と。
……ただ、そう見えているだけだろうとは思う。
彼が知っている俺は、どんなときでも彼女と一緒にいたらしいから。
だから……独りでいるのは寂しいだろうと、そんな思いが先に立っての言葉だったんだとは思う。
……なの、だが。
「…………」
その言葉に対して、何も言うことはできなかった。
……俺が、寂しい……?
まさか。
これまでだって、ずっと独りで暮らして来たんだ。
ラクでイイと思ったことはあれど、寂しいなど思ったことはない。
……なのに、何も言えなかった。
せいせいする、とも。
その通りだ、とも。
いったい俺は、周りの言葉ひとつひとつをどう受け止めているんだ。
我ながら、自分のことがよくわからない。
「……それじゃ、失礼します」
「あ、おやすみなさい」
改めて軽く会釈をし、エレベーターホールへと足を向ける。
今、彼へ口にした言葉は、明らかに自分を演じてのモノだった。
彼女と付き合っている……フリをした。
……嘘をつく必要なんてどこにもなかったのに。
それなのに、なぜか出た言葉。
「………………」
開いたエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
……なぜか。
その理由もまた、俺にはよくわからなかった。
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