「おはようございます」
「……あ」
「すみません。……もしかして、お待たせしてしまいました……?」
「いえ、とんでもない。ちょうど今来たところです」
 白のワンピースに、白のハイヒール。
 着る人間をかなり絞る、いかにも清楚な格好で佐々原さんは現れた。
 あれはまだ記憶に浅い……どころか、昨日のこと。
 稀に見る恐怖体験をしたせいか、宮崎が帰ったあともまったく会話もはかどらなくて。
 ……佐々原さんには本当に気の毒なことをしてしまった。
 そんなお詫びも兼ねて本日、改めて彼女と会う約束を取り付けたのだ。
 確かに俺は、女性が苦手だと思う。
 だが、それは『いかにも』というような、あからさまなセックスアピールをしてくる女性だけで。
 慎ましやかで、言動にそんなものが欠片も見られないような女性ならば、まったく問題がない。
 ……そう。
 今隣を歩いている、清楚で可憐な彼女のような人ならば。
「…………」
 問題なのは、やはり宮崎だけだ。
 アイツだけ、なぜかほかの生徒と違ってイチイチ反応を示してしまう。
 ……アイツは本当にいろいろと問題抱えてるからな。
 どうしてか、ときどき俺より年下だというのをつい忘れてしまいそうになるような艶めきがあって、怖くもなる。
「えっと、今日はどちらに行きましょか?」
「え? あ……そうですね。せっかく天気もいいことですし、少しこのあたりを散歩でも――」

「えー。何それ、ちょーつまんない」

「ッ!!」
「っえ!?」
 突然聞こえた、背後からの声。
 それは、明らかに聞き覚えのある……喋り方であり、音であり。
「そんなデートなんて、イマドキ小学生だってやらないわよ。……だっさ。ひと昔前のデートコースみたい」
「んなっ……!!」
 慌てて振り返ると、そこにはやはり思った通りの人物が仁王立ちヨロシク立っていた。
「み……っ……」
 宮崎。
 そう口にしそうになって、慌てて手で押さえる。
 ……いかん。
 もしも今そんなことを口にしたら最後、佐々原さんにものすごい誤解を与えてしまうだろうに!
 妹。
 そう、コイツは今、妹なんだ。
 情けないが、俺の不肖な妹。
「おはよ、おにーいちゃん?」
「…………はぁ」
 隣へくるなり、ぎゅうと腕をつかんでやたらと『おにいちゃん』を強調した宮崎を見ながら、思い切りため息が漏れる。
 どうしてお前が俺の隣にくるんだ。
 そこは、お前じゃなくて佐々原さんのあるべき場所なのに。
「こんにちは、佐々原さん」
「……え、あ……。こんにちは……」
 度肝を抜かれたのは、彼女もまたそうであろう。
 にっこりと満面の笑みを向けられて、瞳を丸くすると同時にひどく引きつった笑みを浮かべている。
 ……違うんだ。
 まったくもって、俺のせいなんかじゃ……!!
 ふるふると首を振ってから宮崎を見つめると、目が合った途端にニヤリと意地の悪そうな顔を見せた。
「もー。水臭いなぁー。私ももっと、佐々原さんと仲良くなりたいのにぃ」
「なっ……! おま、何言って……!」
 くるくると髪を指先で弄り、したたかな女の顔で俺を非難する。
 ……ぅ。
 だから、それだよそれ。
 なんでそんなにお前は、いかにもって顔を見せるんだ。
 目が合った途端顔が赤くなりそうになって、慌ててそむける。
 だいたい、その服装も服装だろうが。
 なんなんだ? そのやたら短いスカートに、やたら胸元の開いた服は。
 え? 今はまだ夏か? 真っ盛りか?
 俺も佐々原さんもすでに長袖だというのに、なぜにコイツだけこんなに薄着なんだろうか。
 ひどく疑問しか浮かばない。
「ん?」
 ため息をついてから咳払いをし、腕を振り払ってから肩を掴んで回れ右。
 そのまま、ぼそぼそとできるだけ声を抑えての反論開始だ。
「どうしてお前がここにいるんだ……ッ!!」
「えー? だって、気になるじゃない?」
「何がだ!」

「だって、私のオネエサンになる人なんでしょお?」

「ッ……な……!」
「これからずぅーっと慕ってかなきゃいけない人なのに、私が『姉』だと認められる人じゃなきゃ、やっぱヤじゃない?」
 にこにこと。
 それはそれはまったく悪びれた様子を見せないままで、宮崎はくすりといたずらっぽく微笑んだ。
 ――……視線の矛先を、俺から佐々原さんへと変えて。
「っ……」
 まるで、品定めそのもの。
 どうやらよっぽど引っかかることでもあったのか、宮崎が佐々原さんへ向けている視線は、冷たくていかにも敵視そのものだった。
 ……って、ちょっと待て。
 そもそも、どうしてコイツがここまで引っかかってくる必要があるんだ?
 確かに、もしかしたら宮崎にとって昨日の佐々原さんの発言が気に入らなかったのかもしれない。
 だが、だからと言ってなぜ?
 どうしてコイツが、そこまで深入りする必要があるんだろうか。
「わぁ。今日のお洋服、とってもかわいいですねー!」
「えっ。そ、そうかなぁ?」
「とーっても! 特にこの胸元のリボンが、すごくかわいいですー」
「あはは。ありがとう」
 まじまじと、にこやかなやり取りを見せている宮崎本人を観察してみるものの、これといって何か特別目立った何かを考えているようでもなく。
 だからこそ、何を考えているのかがまったくわからなくて、怖い……いや、恐ろしい。
「ほらー。お兄ちゃん、早く行こうよー」
「え? ……あ、……ああ」
 まじまじと観察していたら、いつの間にか宮崎本人が佐々原さんの手を取って歩き出していた。
 ……ちょ……ちょっと待てお前……!
 それは、お前がしていいことじゃないだろうが!!
「ったく……!!」
 悔しいの反面、羨ましいの反面。
 そんななんともいえない気持ちを抱えたまま、結局この妙な3人での1日が幕を開けてしまうことになった。

「うわー、かわいい服ー!」
 駅からすぐにある、服屋が並ぶ通り。
 『公園からなんて、つまんない』を連呼した宮崎が、俺たちをそこへと強制連行した。
 左も右も、すべてが女物という男にとってはなんとも居心地の悪い場所。
 だが、ともにある佐々原さん自身もどこか楽しそうに見てはいるので、内心ほっとしてはいるが。
 ……こんな場所、思いつかなかったな。
 それどころか、たとえ知っていたとしてもまず来ることはないはずだ。
 そういう意味では、少しだけ感謝してもいいのかもしれない。
 ふと、楽しそうにあれこれ服を見ながら一緒に話しているふたりを見て、内心小さく安堵する。
「おにーちゃん」
「…………」
「ねぇ、ちょっと! お兄ちゃんってば!」
「っうわ!? ……な……なんだ」
 ぼーっとしていたというのも、ある。
 だが、それ以前にやはり俺は決してコイツの『兄』ではないわけで。
 まったく反応を示さずにいた途端、手を引かれてようやく現実に返った。
 細くて小さな手。
 なのに、ぐいと引かれた瞬間やけに温かくて驚く。
 ……たかが手を取られただけなのに、なぜこうも動揺をするのか。
 …………。
 いや、考えるまでもないな。
 突然だった、前触れがなかった、心の準備ができてなかった。
 そんなものが理由であって、宮崎本人にされたからというわけでは決してない。
「このお店。入ろ?」
「……何?」
「何、じゃないの。入るって言ってんでしょ!」
「うわ!?」
 思いきり、顔で『NO』と表したのを見た途端、宮崎は当然のように嫌な顔を見せ、強引に店内へ引きずり込んだ。
 ……う。
 流れている音楽といい、新品の服の匂いといい……客層といい。
 すべてが普段俺の過ごしている場所からかけ離れすぎていて、一瞬くらりと眩暈がする。
「…………」
 入ったはいいが所在ないんだが、これはどうすれば。
 宮崎はといえば、佐々原さんを連れて店内のあちこちを見回っており、声をかけたくせにまったく絡んでくる気配もない。
 俺はといえば……無論、『アレがどうの』とか『コレがどうの』なんて意見を言える立場にあるはずもなく。
「……はぁ」
 ある種の拷問だ、コレは。
 というか、間違いなく宮崎の嫌がらせだ。
 ふとそんなことが頭に浮かんで、また大きなため息が漏れた。
「…………」
 いったい、どれくらい時間が過ぎただろうか。
 結局、店内に置かれていたベンチに腰を下ろし、漠然と店内を見て過ごすしかできなかった。
 ……だが。
 不意に目の前へ影が落ちたとき、当然のように顔を上げ――……たまま、目が丸くなる。
「……え……えっと……いかがですか……?」
 そこに立っていたのは、頬を少しだけ染めた佐々原さん本人。
 だがしかし!
 格好が先ほどまで着ていた白のワンピースではなく、あろうことか宮崎とあまり変わらないような服装をしていた。
 つまりは、きわどい感じが……いや、身体の線がありありとわかってしまうような、とでも言えばいいのか。
 細い身体の線をしっかりと現している、ぴったりとした素材のカットソー。
 そして、それこそいろんな意味で犯罪ギリギリというか、途中で布が足りなくなったのか? と思わざるをえないような、丈の短すぎるホットパンツ。
 ……うわ。
「やっ、あの、ええと……わ、私自身もこんな格好するのは、なんかこう……恥ずかしいんですけれど……」
 どぎまぎと戸惑っている様子は、もちろん見ていて十分すぎるほど伝わってくる。
 ……だが、なんだろう。この妙な嬉しさは。
 思わずうなずいてしまってから、慌てて手と首を振る。
「いやっ! すごく、その……お似合いですが」
「えぇっ!? そ、そんなあの、本当のことを仰っていただいて……」
「いいえとんでもない! すてきですよ」
 若干赤くなりかけた頬を隠すように手を当て、はははと差しさわりのない笑顔を向ける。
 すると、それまでもじもじしながら胸の前で手を合わせていた彼女も、ようやく表情を緩めてくれた。
 ……うん。
 先ほどまで着てらっしゃったワンピースもアレはアレでなかなかいいのだが、これはむしろコレで……イイかもしれない。
 ごくりと危うく喉を鳴らしそうになって顔を逸らし、ゆっくりと息をしながら呼吸を整え――……たところで目に飛び込んできたモノに、危うくむせるところだった。

「へっへー。ねぇお兄ちゃん、コレどお?」

「ッ……な……!?」
 どうせ、佐々原さんのあの格好をさせたのはコイツ以外に考えられない。
 そこでひとつ説教でもしてやろうかと思いきや目に入って来た、トンデモない格好。
「なっ……お、お前っ……!!」
 ぱくぱくと口が開くよりも、先に。
 ついつい目が行ってしまうのはやはり……悲しいながらも、男のサガというヤツなのだろうか。
「……ちょっと胸がキツいんだよね。かわいいけど」
 そう言って手で胸元の布を上に引っぱった途端、形イイ上に割と大きなむ……胸が柔らかそうに弾んだ。
「うーん。でも、もう少し丈が短くてもいいなぁ」
「っ……な! こ、これ以上か!?」
「うん」
 ぶっ、と一瞬吹き出しそうになり、眉を寄せて一応の抗議を添えておく。
 な……なんたることか。
 これでも十分過ぎるほど短いと思うのだから、こいつの考えがまったくわからない。
 ぴったりとしたジーンズのミニスカートに、黒のオーバーニー(と言うらしい。ハイソックスと言ったら怒られた)。
 この、なんともいえない絶妙な組み合わせというか、どうしたって目が行く形というか……。
 とにかく!!
 なんなんだ、コイツのこの格好は!
 そして、どういうことなんだ! この、年下とは思えないほどの色っぽさは!
 そのやたら大きさをアピールしてくる胸は!
 細い腰は!
「犯罪だろう、お前!」
「……はぁ? 何言ってんの?」
「っ……いや、だから!」
 思わず口走ってしまい、怪訝な顔をした宮崎に対して何も言えなくなる。
 ……う。
 だいたい、なんでコイツはこんな格好をいとも平然としてのけるんだ。
 先ほどの佐々原さんの格好こそ最上級だと思っていたが、まさかまだまだ遥かにそれをしのぐ最々上級があったなんて。
「…………」
 コイツ、見た目よりずっと細かったんだな。
 普段は、制服を着ているせいかそこまでハッキリした身体の線は見えない。
 ……まぁ確かに、胸のあたりはイヤってほど主張していたから、おおよその見当こそついてはいたが。
 だがしかし、これはすべてにおいて別格。
 てっきり、胸の分ほかにもぷよぷよした部分があったと思ったのに。
 まさに、いろんな意味で存外。
 ……世の中は、知らないものが多すぎて恐ろしい。
 ごくりとついつい何かを飲み込んでしまいながら、慌てて首を振って邪念を払うべく心がけし直そうと思った。


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