「はー……」
「大丈夫?」
「……ん。へーき」
 今日だけで、果たして何度目のため息だろう。
 朝からずっとこんな調子で、もしかしたら多少肺活量が増したかもしれない。
 って、そんなわけないけど。
 とうとう、この日がやってきてしまった。
 といっても、2学期の終了式のほうじゃない。
 12月24日。
 ……そう。
 今日は、クリスマスイブだ。
「それで? プレゼント、決まったの?」
「やー……それがさ、結局、まぁ……アレにするしかなくて」
「いいんじゃない?」
「いいのかなぁ……」
 自分で決めたことながらも、やっぱりまだ迷いがあるせいか、ため息が漏れた。
 結局、物のプレゼントは諦めた。
 だって、里逸はなんでも持ってるし、私よりもずっと質のいいものを選んできた人。
 今さら、私の手の届く範囲の“何か”をプレゼントしたところで、ほとんど揃っている里逸には目新しさなんて何もないだろう。
 だから、私にできることだけをする。
 初めて一緒に過ごす特別なクリスマスだけど、ヘンに気負ってもどうにもならないってわかったから。
「……え?」
「穂澄って、高鷲先生のことになると途端に弱気になるよね」
「っ……な! そ、そんなわけないでしょ!」
「そんなわけあるよー。……ふふ。いつもならなんでも自分の思ったことが“正しい”って力強く実行するのに、今の穂澄は迷ってばかりでしょ? 大丈夫かな、って。すごく不安でいっぱいじゃない」
「ぅ。……それは……」
「そういうの、かわいいよね」
「っ……」
「大好きな人だから、臆病になるんだもん。私もいつか……そうなる、かな?」
 ふふ、と笑った瑞穂が視線を外した。
 まだ見ぬ誰か、でも想像しているのか。
 その顔は、ちょっとだけ寂しそうで、思わず目が丸くなる。
「った!」
「あったりまえでしょ! まったくもー。……みぃは、私以上に繊細なんだから」
 ぺちん、と背中を叩いたら予想以上にいい音がした。
 わりと着込んでるはずなのに、なんでこんなにいい音するかな。
 アンタってばもー、ホントに予想外。
「……ありがと」
「どーいたしまして」
 くすくす笑いながらうなずいたのを見て、ようやく私らしい笑みが浮かぶ。
 迷ったって、仕方ない。
 もう決めたことだし、あとは突き進むのみ。
 ちなみに、今日は特に飲み会なんかの予定は聞いてないから、一緒に過ごせるはず。
 はず――……だけど、そもそも一緒にクリスマスを過ごすのって、どっちが本番の日にしたらいいんだろう。
 クリスマスイブ? それとも、明日のクリスマス当夜?
 んー。悩む。
 それとも、どっちも過ごせってことなのかな。
「え、うっそ! ホントに?」
「マジだって! すっげぇびっくりしたもん! 俺!」
 今夜のメニューは前々から決めてたけれど、もう一度練り直したほうがいいかなーなんてスマフォを取り出したら、窓際の席の男子が急に盛り上がった。
 慌てて『しー!』なんて笑ってるけれど、どうやらよっぽどな話をしているらしい。
 ……なんで男の子ってこーゆーときもムードがないのかな。
 ま、同い年の子たちにそれを期待しても、無理ってモンだろーけど。
「……何?」
「なんだろうね?」
 眉をひそめて瑞穂を見るも、彼女も首をかしげるだけ。
 まぁ、どーせくだらない話のひとつやふたつをしてるに違いないだろうけど――……なんて、このときは半分以上馬鹿にしていた。
 少なくとも、この言葉が耳に入るまでは。

「あのドクターに、彼女ってありえなくね?」

「っ……」
 声を潜めたつもりかもしれないけれど、まったくそんなふうには聞こえなかった。
 噂話を楽しんでいるとき特有の、あの声の調子。
 無意識のうちに、けらけら笑いながらさらに盛り上がろうとした男子の輪に近づいていたなんて、瑞穂に止められるまでまったく気づきもしなかった。


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