いつもよりもずっと早い時間にお風呂へ入ってから過ごす、のんびりした時間。
 もう、学期末テストも終えた身。
 当然、解放された今勉強に費やす精神力なんてない。
 ……なんてね。
 本来なら、もう1ヶ月を切っている共通テストに向けて最後の追い込みをすべきところなんだろうけど、やっぱり気持ちがそっちには向かないんだもん。
 ましてや、今日はクリスマスイブ。
 受験生にはクリスマスも大晦日もお正月もないなんて言う先生がたまにいるけど、それはそれでまったくの別問題であるべき。
 誰にだって平等にあるのが、時間なんだから。
「…………」
 少し離れたところから聞こえていた、ドライヤーの音がやんだ。
 てことはもう、じきに里逸がここへ戻ってくるだろう。
 ……夕飯がコンビニのおでんとか、ないよね。
 クリスマスイブ。
 付き合って最初に過ごす記念日みたいなもの。
 なのに……こんな仕打ちとか。
 我ながら、どーなのってぶっちゃけ思いはした。
 けれど、どうにもならなかったんだからしょうがない。
 今はただ、反省や後悔なんて気持ちを押し込めるだけ。
 だって、やってしまったことはもう取り返せないんだから。
「…………」
 カチャリ、と小さく音を立ててドアが開き、ひんやりとした空気が背中に触れた。
 だけど、ほんのちょっとだけ。
 すぐにドアは閉ざされ、ギ、と鈍くすぐ後ろの床が鳴る。
 そういえば、いつもはこのこたつの左側に入ってたんだよね。
 私も、里逸も。
 小さいとはいえ一応4つスペースがあるこたつなのに、いつだって同じ場所に入って過ごしてばかりだった。
 私はこたつに前面が入ってるけど、里逸はほとんど入ってない状態。
 きっと寒かっただろうなーって、こうして別の場所に座ってみて初めてわかった。
 いつだって私が座っていた場所は、里逸の足の間。
 狭いだろうとかなんとかいつも言うけど、私にとってあの場所はやっぱりなくてはならない場所で。
 むしろ、里逸にとっては邪魔で鬱陶しいだけの存在だったんだろうけど、どうしてもやめられなかった。
 ……でも、今日は別。
 普段、里逸が座っている座椅子を避けた右隣に腰を下ろしているから、ゆったり座れるんじゃないだろうか。
 それこそ、何に気兼ねをすることなく。
「っ……」
 雑誌のページをめくり、テーブルに置いたままだったホットミルクぷらす練乳のマイマグに手を伸ばしたところで、身体の両脇に見慣れたパジャマのズボンが見えた。
 だけじゃなく、半ば強引にこたつへ足が入り、ぺたり、と背中があたたかいものに触れる。
 …………え、うそ。
 思いもしなかったことが現実に起きたことに驚いて、危うくマグをゴトンと落とすところだった。
「……何?」
「いや。……こうしたら駄目なのか?」
「…………駄目じゃないけど」
 いつもとはまったく違う行動。
 それは私もそうなんだけど、里逸がしたことに驚く。
 べったり、と私が座っているすぐ後ろに座り、足の間に私の身体を挟むような格好。
 ……もー。
 なんでこういうときに限って、こんなふうにしてくるかな。
「…………」
 と考えた自分を否定する。
 ……そうじゃないでしょ。
 こんなときだから、こんなふうにしてくるんじゃない。
 普段は私から里逸にくっついていたし、手だって出している。
 でも、今日はまったくそれをしなかった。
 だから、里逸が自分から動いて私に触れたいと思ってくれているなら、それはそれで彼の行動そのものを認めてあげるべきかもしれない。
 ……許してくれ、なんて言葉は聞きたくもないし聞かないけど、どうやら本人なりの贖罪行動ってところかしらね。
 それとも、私がこの場所にいないと落ち着かない?
 そうなってくれたなら、条件付けとしては十分大成功だと言える。
「…………」
 チャンネルが、バラエティからニュースに変えられたのが目の端でわかったけど、当然何も言わない。
 ていうか…………言えないわよ。そりゃあ。
 だって私、今必死だもん。
 雑誌読むふりしてるだけだもん。
 ……こんなふうにうつむいてないと、顔がにやけてるのバレちゃうし。
 巻末にある広告以外は読んじゃったけど、すでに読んだページを適当にめくり直し、読んでいるふりをさらに継続。
 ……やばい。顔が緩んじゃうんだけど。
 こほん、なんてあからさまな咳払いをして口元を隠すように手を当てると、ちょっとだけどきどきが治まった気もした。
 だけど……不思議っていうか、なんかこー、人間ってほんっと正直なんだなってのは改めてよくわかる。
 こんなふうにいつもと違うことをされただけで、ころりと気持ちが動いちゃうんだから。
「……明日って、仕事?」
「ああ。半日な」
「そっか」
 雑誌をめくっていた手が滑り、ぱららっと数ページが飛んだ。
 でも、いいや。もう。どうせ読んでないんだもん。
 首をもたげて里逸を見上げると、いつもと同じような……訂正。
 いつもよりもずっと私を気遣っているかのような顔で、うなずいた。
 クリスマスも仕事とか、大変だよね。ホント。
「…………」
 ま、かくいう私も半日バイトなんだけどね。
 里逸が明日仕事だっていうのはずっと前からわかってたから、あえて入れたシフト。
 せっかくの土曜日でクリスマスだけど、まぁ……いっか。
 時間をどう遣うかは、本人次第。
 クリスマスだからって何か特別なことをする予定もないし、したいわけでもない。
 だけど――……まぁ、ちょっとくらいは考えてみてもいい。
 わずかに里逸が動いて背中がひんやりしたものの、すぐに温かさが戻ったのを感じて、ついついまた頬が緩んでいた。


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