いつものように朝起きて、いつものように朝食を作る。
 そんな、当たり前の自分の行動に、『ああ、やっぱり』ってちょっとだけ思った。
 クリスマスの朝。
 雪が降ることもなく、いつもと同じ穏やかな土曜日の始まり。
 ただまぁ気持ち的には“土曜日”なんかじゃもちろんなく、テレビをつければ『クリスマス』のセリフと鈴の音やクリスマスソングが流れていて、やっぱりちょっとだけうきうきしてもいる。
「あ。おはよ」
「……早いな」
「まーね」
 寝室のドアが開いたと思ったら、パジャマ姿の里逸が現れた。
 ものの、目が合った途端に少しだけ驚かれる。
 ……ま、気持ちはわからないでもないよ?
 夜、寝るときまでは何をされてもまったくの無反応に近かった私が、目が覚めた途端いつもと同じように振る舞ってるんだから。
「ごはん、できてるよ」
「……ああ。わかった」
 里逸が、私のために一生懸命だった。
 それがわかったしちゃんと見えたから、『やーめた』ってなっただけ。
 あんな態度を継続させてたら、自分が何よりもおもしろくない。
 ……拗ねてたわけじゃないけどね。もちろん。
 でも、里逸が自分で考えて自分で行動を起こしたから、ああ、それだけ私のこと想ってくれてるんだって素直に思えたんだもん。
 ヘンに意固地になる必要はない、ってわかったからすべて解いた。
「……ん? 何?」
 今朝のごはんは、昨日作ろうと思っていたじゃがいものポタージュと鮭のムニエルをそっくりそのまま転用しただけ。
 下ごしらえをしたまま冷蔵庫へしまっておいたから、すぐにできあがった。
 あとは、ご飯をよそって完成。
 だけど、珍しく里逸がパジャマのまま立っていたのが目に入り、振り返ると同時に――……顔を見て苦笑が浮かぶ。
「なーに? その顔。ごはんにするから、着替えておいでよ」
「いや、それは……わかってるんだが」
 相変わらず、わかってないなー。
 昨日までの私を“なかった”ことにしてあげてるのに、どうしてこう、蒸し返したそうな顔をするのかな。
 これって、男女差?
 それとも、やっぱり性格?
 まぁどっちにしろ、私はあえて言ったりしないけど。
 里逸が挑んでこない限り。
「スープ、冷めちゃうよ? 今日だっていつもと同じ時間なんでしょ? だったら――……っ……」
 くるりとお鍋に向き直り、カップへスープをすくった拍子に後ろから抱きしめられた。
 不意打ち、とか……ちょっと、ね?
 もちろん嬉しいけど、も。スープこぼれたらどーするかな。
 ……って、そこまで気が回るタイプじゃないのが里逸か。
 仕方なく、カップとおたまを置いてから、彼の腕を撫でるように触れる。
「……すまない」
「…………」
「ありがとう」
「…………もー」
 耳元で聞こえた、低い声。
 だけど、どっちも私にとっては『もー』だから、これ以上の言葉は出なかった。
 なんで謝っちゃうかな。
 そんでもって、なんで……このタイミングでお礼言うのよ。
 ……ばか。
 なんともいえない気持ちが半分ずつあって、だけどそれ以上続けることもできず。
「わかってるってば」
 ぽんぽん、と里逸の腕を叩いてから首だけで振り返ると、目が合ったものの彼は何も言わずにゆっくりと腕を解いた。
 温もりが消え、ほんの少しだけ『あ』と思う。
 それでも、着替えてくると言い残して寝室へ向かった彼を見ながら、再度笑みを浮かべていた。
 大丈夫。
 だって、今日はクリスマス。
 ここまで好きになった大事なカレシと過ごす、特別な日。
 ……そう。
 きっと、今日は特別になるから。
「……ん。おいし」
 さっきも確認したポタージュをもう一度味見すると、ほどよい塩味とミルクの味で、ほんの少し残ったしこりが消えたように思えた。


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