「ありがとうございましたーぁ」
 いつもと同じ……ううん。
 いつもより高いテンションでのバイト。
 今日は朝から夕方までべったりなんだけど、個人的には休憩いらないかなーってくらい元気があった。
 でもま、当然お昼食べるためにもらったけど。
「穂澄ちゃんっ、本当に助かるわぁ」
「そう言ってもらえたら、嬉しいです」
「んもー、本当に! いつ見てもかわいくって、おばさん楽しくなっちゃう!」
「あはは。ありがとうございまーす」
 さて、今日はなんの日でしょう。
 正解は、クリスマスです。
 ……というわけで。
 今現在、私はなぜかサンタコスをしていたりして。
 そんでもって、なぜか猫耳フードというおまけつき。
 それもこれも、去年店長に内緒で『クリスマスなら、サンタでしょ!』とサンタ服を瑞穂に借りて着てきたら、まさかの大ウケで。
 しかも、やたらとこの日に限ってお客さんの入りがよく、年末年始に続く売り上げをたたき出したのだ。
 それもあって、今年は経費でサンタ服を購入してくれた以上、着ないわけにはいかない。
 ……あ。ちなみに、里逸には内緒だけどね。もちろん。
 私がこんな格好でバイトしてるなんて知った日には、即日解雇願いを出されそうで恐ろしい。
 んー。
 それとも……見たら、喜んでくれたりするのかな。
 一瞬目を見張りはするものの、そっぽを向いてほっぺた赤くしてる姿も想像できるような気がして、ついつい苦笑が漏れた。
「なかなかいいカッコしてるじゃん」
「ん?」
「すげーなー。サンタギャルが店員してるとか知ったら、かなりの数来るぜ?」
 口笛とともに聞こえた、軽薄そうな声とセリフ。
 けらけらと笑いながらからまれるのは慣れてるけど、振り返ったらいつもとはまったく違う人種が見えて目が丸くなった。
「あっれ、すっごい珍しい」
「クリスマスだからな」
「そゆこと?」
「そゆこと」
 くすくす笑いながら黒のアルテッツァから降りてきた彼は、『ハイオク満タンよろしくー』なんて言いながらカードを差し出す。
 ……って、いやいや。
 毎回思うんだけど、うちのスタンドってセルフだから。
 なのに、なんで頼むかなー……とは思いながらも、受け取って『ハイオク満タン入りまーす』なんて声をあげちゃうあたり、私もまだまだ素直なんだろうね。きっと。
「なーに? もしかして今日、予定なしとか?」
「まさか。俺がひとりで寂しくイベント過ごすわけないだろ?」
「だよねー。知ってる」
 昔から、彼の女性遍歴はそれなりに聞いてきた。
 でも、今のところは『え、まじで! あの人と!?』なんていうタイプの彼女は見たことないから、好みは私と似てるらしい。
 ちなみに、瑞穂を紹介してとか言われたことがあったような気がしないでもないけど、それは当然即却下。
 彼にあの子を紹介するなんて、とてもじゃないけれど私が困る。
「ねぇ、今年はボードとか行くの?」
「もちろん。年末から3泊4日。白馬まで行ってくる」
「うっそ! いいなー。私も行きたいー」
「自分で『今年は無理』つったんだろ?」
「や、そうなんだけどー。えー……いいなーいいなー。……うー。私も行こうかなー」
「行けばいーじゃん」
「考えとく」
 受験生がスキーとかボードとかって言ったら、『何考えてんの!?』って言うのが大多数の意見としては正しいらしいけど、彼は一度もそんなこと言わなかった。
 だから、好きなんだよね。
 やっぱり、私が何を好きで何が嫌いかをちゃんとわかってくれているから。
「……っと。ハイオク満タン入りましたー」
「サンキュ。んじゃ、これ」
「え? 何?」
「欲しがってた財布」
「っ……うそ、ホントに!? ちょ! すっごい嬉しい! ありがとー!!」
 あれは、確か夏休み。
 御殿場のアウトレットへ連れてってもらったときに見たお財布がちょーかわいくって、以来何度か口にしたんだよね。
 っていうか正確には、ねだった。
 どうやら通じたらしく、きれいなラッピングにはちゃんと正規店のロゴが入っている。
「穂澄も、サンキュー。やっぱいい曲入ってるわ」
「だよねーだよねー! 私も好きだもん!」
 代わりに……とねだられたのは、彼が好きなアーティストの最新アルバム。
 2年ぶりに出たもので、運転席のドアを開けた途端シングル化された曲が聞こえ、思わずにんまり。
 でも、金額の差をあえて埋めようとせずに考慮してくれるあたりは、やっぱり優しさというか、なんというか。
 そのへんは、お父さんとそっくりだ。
「あんまかがむなよー? その服で。パンツ見えんぞ」
「あー、だいじょぶ。ちゃんと下、穿いてるし」
 よっこらせ、とか言っちゃうところもそっくりだけど、けらけら笑った顔はきっと私に似てるんだろう。
 小さいころから『そっくりねー』と周りに言われて育ってきたせいもあってか、彼の笑顔についついつられた。

「そんじゃ、ありがとね。おにーちゃん」

「おー。またな、いもーと」
 ドアを閉めた彼に再度大きく手を振り、『ありがとうございましたー』とほかの車同様にお見送り。
 すると、国道に出てすぐクラクションを1度鳴らし、いつものようにシフトチェンジの音を大きく響かせて走り去った。


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