「っ……な……!!」
「メリークリスマース」
 勢いよくドアを開けて中に入ると、すぐそこのキッチンに立ってどうやらコーヒーを淹れていたらしい里逸と目が合った。
 効果音的には、鈴の音がかなり足りなかったかもしれない。
 だけど、ガサガサとかわりに紙袋が音を立てて、まぁこれはこれで庶民派サンタよね、なんてくだらないことを思いつく。
 ま、成功といえば成功でしょ。
 あたりに漂うコーヒーのいい香りに『落ち着く』とか一瞬考えながらブーツを脱ぐと、今しがた私に見せた顔をまったく変えずに、里逸はモノ言いたげに口を開いたままだった。
「お……」
「ん?」

「その格好はなんだ……!!」

「あー、これ?」
 ブーツを揃えてから、くるり、と1周回ってみる。
 まぁ、あれね。サービスみたいな?
 だけど、里逸はドリッパーにお湯をなみなみ注いで危うく溢れそうになったのを見たらしく、慌てた様子で私とそっちとを交互に見ていた。
「へへー。かわいいでしょ? サンタ娘」
「っ……なぜそんな格好で帰ってきた」
「えー? だって、なんか脱いじゃうのがもったいなくって」
 相変わらず、里逸が淹れるコーヒーは濃そうだよね。なんか。
 一度飲んだことがあるけど、インスタントじゃないちゃんとしたドリップ式のコーヒーだからか、すっごい苦くて味が濃くて、『うえ』ってなったもん。
 やっぱり、コーヒーにはミルクもお砂糖もたっぷりがいちばんでしょ。
 なんてことを言ったら、『そーゆー人間は缶コーヒーで十分だ』とかなんとか言われたっけ。
 ちなみに、里逸がよくごはんを食べる幼なじみの人も、私と同じようにミルクとお砂糖たっぷり入れるらしい。
 そーゆー話はたくさん聞くのに、いっこうに紹介はしてくれないんだけどね。
 ……ったく。
 私だって、これでも彼女がんばってるのに。
「……まったく。帰ってくる途中、誰かに見られでもしていたら、どうするんだ」
「んー、それはそれじゃない? まぁ確かに、自転車こいでたら信号待ちの車から、ちっちゃい子が『サンタさんだー』なんて言ってくれたけどね。それはそれで、満足っていうか」
 まあ、日常ではまず目にしない光景だとは思うよ?
 それどころか、サンタコスしてる子がチャリに乗ってるとか、どーゆー状況だって噴くよね。
 あー、でもあれかな。
 この時期、なんか知らないけどピザの宅配の人とかは当たり前みたいにサンタのコスプレしてるから、もしかしたらそーゆーバイトの子だ、って思われたかもしれない。
 でも、小さい子たちがキラキラした目で楽しそうに笑う顔は、やっぱり見てて楽しいよね。
 うん。
 やっぱり私、小さい子たちと関われる仕事に就きたいなって本気で思う。
「ていうかさ」
「なんだ?」
 紙袋をシンク横の台に置くと、ふんわりチキンのいい匂いがした。
 時間はまだ早いけど、お腹が空いたせいか無性に食べたくなる。
 でもま、夕飯の支度はすべてこれから。
 今日は、私なりに考えたクリスマスを彩るんだから。

「なんで、この格好でバイトしてたって知ってるの?」

「ッ……」
「そもそも、そこだよね。私、里逸に言わなかったよね? 今日はサンタ娘になってバイトするんだよ、なんて」
「いや、それは……」
「ねぇ。なんで知ってるの? どこで聞いたの? 誰が言ったの?」
「っ……」
 いつもと同じように、首を傾げてまっすぐに見つめる。
 里逸は、この仕草が苦手。
 っていうか、私がじぃっと見つめると、すべてを見透かされそうで……とかなんとか言ってたっけ。
 そーゆーセリフ自体、やましいことしてる人間が言いそうで、なんかなーとは思うけど。
 でも、やっぱり正直なんだよね。里逸って。
 明らかに痛いところを指摘されたみたいな顔で、リビングに入ってすぐ私をまったく見なくなったから。
「ねぇ、里逸。ちゃんと話聞きたいんだけど」
「…………」
「ちょっと。こっち見てくれたっていいんじゃない?」
 こたつのテーブルへマグカップを置いてから、定位置に座ったものの、一向に私を見そうにない。
 そもそも、そーゆー態度取っちゃう時点で、いろいろ負けだと思うんだけどどうなの?
 でも、やっぱりそれこそが里逸らしさなのかな。
 私だったら――……痛いところを突かれたら、どうするだろう。
 そういえば、ぶっちゃけ今までそういう経験ってしたことがないかもしれない。
「もー。黙ってたらわかんないでしょ? 別に叱ってるわけじゃないんだから、見たなら見たって言えばいいのに。ていうか、何? もしかして、スタンドに寄ったの? だったら、声かけてくれればよかったじゃん。今日なら、年末使える3円引きクーポンだって配ってたんだから」
 仕方なく、いつものように膝の間へは入らず、角を挟んだ隣に座って両手をこたつへ。
 ……はー、ちょーあったかい。
 自覚はあんまりなかったんだけど、どうやらかなり冷えていたらしい。
 温まり始めたせいで、じんじんと鈍い痛みにも似た痺れが走る。
「……そういう穂澄は、俺に話すことはないのか?」
「え?」
 はぁ、とため息をついた里逸が、ようやく私を見たとき。
 なぜだか知らないけど、付き合う前のころによく私へ向けていた視線を感じ、まばたきが出た。
 ……よくわかんない。
 だけど、どうやら里逸は里逸なりに引っかかってることがあるらしい。
 となれば、解決方法はひとつ。
「何を見たのか知らないけど、じゃあ話してくれる?」
 そのとき見た“何か”で、感じた自分の“想い”。
 それを合わせて教えてもらわなきゃ、私には解決できない。
 訂正することも、謝罪することも。
 そういう意味を込めて里逸を見ると、苦そうな真っ黒いコーヒーをひとくち飲んでから、苦々しげにテーブルへ視線を落とした。


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