「わぁー、とってもたくさんのお料理! おいしそうですねー!」
「まったく……いきなり家に来るなんてどういうつもりなのかしら。もう少し計画的に考――」
「わ。このクワイも、おばあさまが作ったんですか?」
「いや、それはね。田んぼを貸しているご近所さんからいただいたものだよ」
「へぇー! ほとんどのお野菜は裏の畑で収穫できて、さらにおすそわけまで……羨ましいです。私の住むほうでは、考えられないことですもん」
「まぁそうだろうねぇ。都会じゃ無理だろうよ」
「とんでもない! まったくもって都会とは縁がない場所ですよー。ぜひ、一度遊びにいらしてください。ね、有里さんも一緒に」
「考えておくわ」
「っ……人の話を聞きなさい!!」
 おばあさまと有里さんが隣同士で座っているのもあって、反対側のお母さまをまったく見なかったのが問題だったらしい。
 彼女の隣に座っているお父さまは、ちびちびとひとり熱燗を楽しんでいて、表情が柔らか。
 ていうか、その顔は里逸に似てるんだよね。やっぱり。
 昨日、日本酒を冷でちびちび飲んでいた満足そうな里逸と、同じ角度から見たら超絶似てるに違いない。

「ところで、今日は佐々原さんはいらしてないんですか?」

 それぞれがお箸を伸ばし始めたのを見ながら、品質もお値段もいいグレープジュースをいただくと、目に見えてお母さまが固まった。
 でも、一瞬。
 こほん、とあからさまな咳払いをし、手近にあった炒り鳥を小皿へ取る。
「仕方ないでしょう。急だったんだもの……あいにく、ご旅行の最中だそうよ」
「まあ、そうなんですか。残念」
「そんなこと微塵も思ってないのに、いけしゃあしゃあとよく澄ました顔で言えるわね。感心するわ」
「もー、有里さんってば。はっきり言いすぎだから!」
 ひょっとして、棒読みだったのかな。
 やばい。だとしたら、かなり私のテリトリーが広がっている証拠だ。
 前回はがんばってたんだけど、どうやら今回は二度目とあって、地が出すぎているらしい。
 ……ってまぁ、今の有里さんの言葉には誰も反応しなかったからいいんだけど。
 でも、ここまで受け入れてもらえちゃうと、かえっていけない自分の面がぽろりと出そうで不安は不安なんだよね。ぶっちゃけ。
「ああ、そうそう。穂澄ちゃんに、大事なものを忘れていたよ」
「え?」
 まるで何かの映画のセリフのようなスマートさで、お父さまがごそごそと着物のたもとを探った。
 そう。
 何を隠そう、お父さまは今この部屋の中で和装でいらっしゃるのだ。
 グレーの着物と黒地に白の紋が入った帯をきっちりと締めているあたり、まさに着慣れている感じがひしひしと伝わってくる。
 だから、想像しちゃうのよ。
 この着物を里逸が着たら、ってことを。
「……なんだ?」
「や、なんでもない。……なんでもなくないけど」
 えっへへー。
 やばい。一瞬浮かんだ画は、完璧に“若旦那”だった。
 やー、いいよね。和装って。
 なんかこう、無性に色香漂う気配。
 前回お邪魔したときはカジュアルな服装だったんだけど、だからこそのギャップがハンパない。
 ダンディなんて言葉、リアルで実感したのは彼を見てかもしれない。
 里逸に足りないのはこの渋さなんだろうなーと改めて思う。
「はい。少ないが、何かに使ってもらえたら嬉しいよ」
「っ……え!?」
 にっこり満面の笑みとともに差し出されたのは、見事なまでのポチ袋。
 表に小さく水引がプリントされている、まさに“昔ながら”のものだった。
「な、えっ……!? や、いただけません! そんな!」
「いやいや。高鷲家ではね、それこそ学生ならば20歳を越えてもお年玉を受け取る権利があるんだよ。だから、穂澄ちゃんは問題なくセーフってことだね」
「でもっ……さすがに、彼氏のお父さまからお年玉をいただくなんて、聞いたこと……」
「あら、いいじゃない別に。私とおばあさまの分もプラスされてると考えれば、大きな額じゃないでしょう?」
「や、あのね有里さん。私別に金額の話をしてるんじゃなくて……!」
 音も立てずに両手で湯飲みを口元へ運んだ彼女が、目を伏せて息をついた。
 相変わらず、おきれいなお顔立ちですこと!
 真顔なのもいつもどおりだけど、やっぱり前回までのような『何を考えてるかわからない』風ではない。
 仕草は女性らしさが増し、ふっくらとした唇には前回はなかった控えめなルージュが色を添えている。
 ああ、やっぱりあのときあの行動をとって間違いじゃなかったんだなー。
 なんて思いながらまじまじと見すぎていたらしく、5秒後には有里さんが眉を寄せた。
「いいじゃないか。俺の分も加わっていると考えて、素直に受け取ればいい」
「だから……っ……なんで里逸までそんな!」
「……穂澄が受け取らなければこの場が収まらないだろう?」
「っ……」
「父さんが、穂澄のためにしたサプライズのようなものだ。ここは『ありがとう』でいい」
 もぉ。
 なんでこういうときは里逸がいつもよりずっと大人に見えるのかな。
 箸を置いて見下ろされ、眉尻が下がる。
 周りを見てみると、里逸の言葉どおりみんなは柔らかな眼差しを向けていた。
 唯一違うのは、お母さま。
 って、それは言うまでもないか。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
「あのっ……大切なものに、遣わせていただきます」
「そう言ってもらえて嬉しいよ」
 両手を伸ばして受け取り、きゅ、と胸の前で軽く握りしめる。
 いただいたのは、お金だけじゃない。
 この私を想ってくれている気持ちがプラスされているから、価値は計り知れないものだ。
 さすがにこのときばかりは、そっぽこそ向いてたものの、お母さまは何も言わなかった。
 

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