「っはぁー……疲れたぁ」
 お前はいったい何をした。
 出口渋滞に巻き込まれた中、案の定眠ってたのはどこのどいつだ。
 ……しかも、この上なく短いスカートを穿いたまま足を組みやがって。
 挑発以外の何物でもなく、だからこそ必死になって耐え抜いた俺は偉いと思う。
「さて。それじゃ、まずはあっちね」
「……何?」
 着いた早々、こんなにも疲れる出先はあっただろうか。
 別に、ここだって来たことがないワケじゃない。
 ……だからこそ、つくづく思う。
 隣にいる人間によって、こうも気分が大きく左右するものなのか、と。
「何って何よ」
「いや、だから。連れてきてやっただろう? ……それで終わりじゃないのか?」
「何言ってんの?」
 さも当然とばかりに向けられた、眉を寄せての視線。
 ……あー、その顔。
 やはりそれは、佐々原さんの向けてくる眼差しと明らかに違い、だからこそ改めて思い知る。
 今ここにいるのは、やっぱりあの宮崎なんだと。
「アウトレットに来て買い物しないって、どーゆーことよ」
「……いや、だから。普通、『言うことを聞く』といったら、ひとつじゃないのか? と言ってるんだ」
「そんなの勝手に決めないでよねー。てゆーか、だから最初に言ったでしょ? 『1日言うことなんでも聞いてもらう』って」
「何!? そんな話は聞いてない!!」
 俺がいつ言ったというんだ!
 勝手に解釈しているに違いないからこそ、精一杯身をもって否定する。
 だが、そうしてみたところで何か現状が変わるでもなく。
 『そぉ?』と簡単に言った宮崎は、大して悪びれもせずに歩き出した。
 ……じゃあ何か。
 俺はここで待っていればいいのか――と思いきや、そんなはずはなく。
「ちょっとー。早くきてくれるー?」
 しばらく先を歩いたところで足を止めた宮崎が、当然のように振り返って大声をあげた。
 ……あー……。
 頼むから、そんなふうに俺へ絡んでくれるな。後生だと言ってもいい。
 あたりを歩く同じような年代の人々が宮崎と俺とを見比べるように歩いているのがわかり、俯くと同時にため息が漏れた。

「あ。アレかわいいー」
「……どこでそう思うんだ」
「え? なんで? 全部かわいいよ?」
 果たして、本気でそう思っているのかどうか。
 それさえもわからないような、犬だか猫だかなんだかわからないような形をした置物を見ながら、宮崎が新たな店に駆け寄った。
 時間はまだ、ここに着いてから1時間も経っていない。
 ……なのに、なんだこの疲労感は。
 たびたびついているため息のせいなのか、テンションの違いなのか。
 いろいろ頭に浮かびはするが、恐らくどれも正解でどれもが違うんだろう。
 これというような理由は、ないに違いない。
 恐らく、間違いなく。
「…………ん?」
 相変わらず、テンションは高く。
 まったく疲れた様子も見せない宮崎に呆れつつ壁にもたれていたら、さっきまでいたはずの宮崎本人がまったく見えなかった。
 ……どういうことだ、コレは。
 アイツは、簡単に迷子になるのか?
 げんなりとした疲れや諦めが一層強く押し寄せてきて、たまらずため息が漏れる。

 ぽん

「……っ」
 そこから動いて、バラバラになるのもなんだな。
 なぜか当たり前のようなことを思ってその場で待っていると、肩を小さく叩かれた。
「はい、コレ」
「……なんだこれは」
「あげる」
 身長差としては、さほどないはずの宮崎。
 だが、こうして改めて近くで見ると、高いようで思っていたよりも低いとわかる。
 明るい茶色の髪がすぐそこで風に流れて、ほんのりと甘い匂いがした。
「…………」
「え? 嫌い?」
「いや……そうじゃないが……」
 差し出されたのは、でき立てそのままという感じが漂っているファーストフードの代名詞とも言えるホットドッグ。
 ……犬か。
 ふとそんなことが浮かびながらも、まぁ……手は自然に出る。
「…………」
「……? なに?」
「いや。これは……なんだ。奢りということか?」
「んー、まぁそうね。そうしとく」
 軽く首をかしげたあと、『領収書もらわなかったし』とかなんとか聞こえたような気がしないでもないが、まぁ、いいにしておこう。
「お昼には、ちょっと早いけどね」
「まあ……そうかもしれないな」
 手近にあった木製のベンチに腰かけ、並んで座る。
 ……座る。
 って、近いだろう。
 宮崎ならまず間違いなく距離を空けると思っていただけに、すぐ隣へ――どころか肩が触れる距離で驚く。
 ……意外だな。
 いや、それ以上の言葉に違いないが。
「何がいいのかなーって思ったんだけど……。とりあえず、アイスコーヒーか炭酸。どっちがいい?」
「何? ……そうだな。別にどっちでもかまわないが」
 と言いながらも、差し出された炭酸ジュースへと手が伸びる。
 普段は飲むこともないのだが、不思議なものだな。
 外に出ると、飲みたくなる。
「……って、ずいぶん入れるな。お前は」
「えー? だって、苦くて飲めないもん」
 ひと口飲んでから隣を見ると、がっつり手に入れてきたらしき大量のポーションとガムシロがスカートの上にあった。
 というか、そこまでガムシロを入れるならむしろ、市販の缶コーヒーを買えばいいものを。
「……子どもなのかお前は」
「うるさいなー。ほっといて!」
 心なしか頬が赤くなったように見えたのが、何よりの証拠か。
 散々封を開けては突っ込み、ぐるぐるかき混ぜる。
 そんな繰り返しを行ったあとストローに口づけた宮崎は、子どものように『おいしー』と笑顔を見せた。
「飲めないのなら、買わなければいいだろう」
「別に飲めないワケじゃないわよ」
「……そこまで甘くしなければ、飲めないということなんだろう?」
「もー。しつこいなぁ。いいでしょ? 別に。甘いほうが、おいしいんだし」
「……そうか?」
「そーなの!」
 そもそも、それだけ大量のガムシロとミルクを投入したもはやコーヒーとは呼べないシロモノと、ホットドッグだぞ。
 まず、食い合わせに難有りと思うのだが、果たしてそこはどうなのか。
 ……まぁいい。
 別に、俺が困ることでもなし。
「んー、おいひー」
「……しかし、お前はよく食べるな」
「だって、お腹空いたんだもん」
「…………子どもだな。まるっきり」
「いーの!」
 確か、これが2個目。
 ……だが、よく見てみろ。
 丸められたひとつ目のホットドッグの包みの横に控えている、やたら甘そうなワッフル。
 それも恐らくは、コイツの腹の中に納まるんだろう。
 そう考えると、やはり女の食い気というのはある意味強すぎるように思う。
「あ。センセも食べる?」
「いや……俺はいい」
「そ?」
 ついつい口を開けたまま食べっぷりを観察していたせいか、減っていたはずの小腹も、今ではまったく反応せず。
 むしろ、すでに満腹中枢をめいっぱい刺激されて、この手に持ったままのホットドッグでさえ納まらないかもしれない。
「…………」
「んーっ! 何このクリーム! ちょーおいしー」
 ……やはりか。
 俺がまだひとつも食べ終えないというのに、宮崎はさっさと3つ目の食べ物に手をかけている。
 ……恐ろしい。
 まるで底が見えないのは、どうやら人間性だけじゃないようだ。
「そういえば……」
「ん?」
 再度口を開いて、続きを食べ始めようとしたとき。
 不意に、先週のことが頭に浮かんだ。
「あの弁当、お前が作ったのか?」
 もう随分と前のことのようにも感じられる、日曜の昼。
 ちょうど今ぐらいの時間に起きた、トラブルと言ってもいい、あの出来事。
 目の前に突き出された、デカい弁当箱。
 ……いや。
 弁当箱いうよりも重箱という表現のほうが正しい気がするアレを見て、だから宮崎の荷物がやたらデカくて重たかったのかと納得した。
「何? 急に」
「……いや。ただこれまで聞く機会がなかったというか、なんというか……」
 実を言えば、これまでずっと気にはなっていた。
 だが、今言ったようになかなか聞く機会がなかったというのも、また事実。
 今になって聞いてなかったことを思い出したのも、嘘じゃない。
「全部作ったに決まってるじゃない」
「……そうなのか?」
「当たり前でしょ? それに、そこまで大したモノなんて入ってなかったじゃない」
 …………そうか……?
 まぁ、確かにそう言われれば否定はしない。
 佐々原さんの弁当に入っていたような特別目を惹くおかずもなかったし、どれもこれも見たことも食べたこともあるようなものばかりだったから。
「……そういうものか」
「そーよ」
 それでも、そこまで言われると『ふぅん』としか言えなくなる。
 卵焼きや、から揚げ。
 そして、ブロッコリーなどなどの野菜もまた然り。
 ありふれたメニュー。
 しかし、だからこそ味に差が出ると素直に思ったのだが。
「さーて。それじゃ、行きましょっか」
「何? いや、俺はまだ食べ終わって……」
「いーじゃない、別に。ほら、それなら食べながらでも歩けるでしょ?」
「いや、そういう問題じゃないだろう。むしろ、マナーの問題というか……」
「大丈夫よ、ホットドッグなんだし。クレープと一緒」
「待て。違うだろう、それは」
 あと半分程度残っているにもかかわらず、立ち上がった宮崎は当然のように俺の腕を引いた。
 せかすように何度か強く引き、そして普段は見せないような笑顔を間近で見せる。
 ……この、差。
 これは、この場所柄のせいなのか。
 はたまた、自分の勝利によって手に入った環境だからなのか。
 そのどちらなのかはまったくわからないが――それでも。
 普段とまったく違う彼女の姿に、一瞬また顔が赤くなりそうになったのは……実は、言えないが言うまでもないほど明らかなことだった。


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