「ありがとーございましたーぁ」
いつもにこにこ元気よく。
スタンド内に響き渡る自分の声とFMヨコハマのDJの声を聞きながら、満面の笑みを作る。
今日のバイトも、もうじきに上がり。
はー……。
さすがに11月だけあって、日が落ちてから空気が冷たくなるスピードが異常に早まった。
それでも、足をばっちり出してるミニスカート。
……ってま、さすがにレギンスは穿いてるけど、そろそろトレンカでも許されるかもしれない。
「穂澄ちゃん、そろそろ上がってねー」
「あ、はーい」
店長の奥様こと、マネージャーが声をかけてくれたお陰で、すんなり事務所へ足が向く。
はー……やっとあったかい場所に行ける。
思わず腕を抱きながら小走りで建物内に入ると、途端にあたたかさから全身が緩んだ。
「あったかーいですね、ここ」
「でしょ? もーね、お父さんたら最近腰が痛いなんて言い出すもんだから」
「あー、でも大事ですよ。腰。冷やさないほうがいいって言うじゃないですか」
「そうなのよねぇ。とはいえ、この仕事してるとどうしても足腰から冷えるでしょう? 穂澄ちゃんも、若いからって気をつけなきゃダメよ? 女の子は、身体冷やしていいことないんだから」
「ですよね。気をつけまーす」
レジの奥にある事務所への扉を握りながら苦笑し、『お疲れさまでした』を先に言ってから奥へ。
このスタンドの制服を着るようになって、もう丸2年はとうに経った。
今では割と顔見知りのお客さんも増えてきて、おばさまやおじさまなんかは、気さくに声をかけてくれる。
……えへへ。
私、やっぱり接客業が好きらしい。
っていうか、人の笑顔っていうのかな。
にっこりもそうだし、がははでもそう。
人が笑ってる顔を見るのは、すごく嬉しいし、こっちまで楽しくなっちゃう。
「……接客業、か……」
これまでは考えなかった、“就職”という進路。
ロッカーから私服を取り出しながらふと考えこんでしまい、手が止まる。
別に、誰かに『進学しろ』と言われたわけじゃない。
ただ、周りがそうだからなんとなく『大学行かなきゃ』って思っただけ。
でも……別に大学じゃなければいけない理由はない。
ううん、進学じゃなくたって別に……。
「…………はー……」
制服のボタンを開けたままため息をついたところで、下着全開なのに気づいた。
危ない危ない。
さすがに今マネージャーが入ってきたら、ちょっと恥ずかしいかも。
この間『んまぁ、若い子の下着ってかわいいのねー!』なんて、近づいてきたかと思いきや即座に手を伸ばされ、慌てたのは記憶に新しい。
「じゃあ、お先に失礼しまーす」
「あ。お疲れさまー」
「また明日ねー」
「はーい」
ポンチョを羽織り、さらにマフラーも重ねたいところだけど……季節はまだ11月。
手袋とマフラーは、ちょっと早いんだよね。
だから、仕方なくブーツで我慢。
……でも、ブーツって結構あったかかったりして。
「えへへ」
今日は夕飯何食べようかなーとか考えながらスマフォに触れると、19時を少し回っていた。
んー……今日は、半日しか働けてないから、なんかちょっと損した気分。
それでも、みぃと一緒にランチできたのと、ドリンクバーでしっかりダベれたぶん、気持ちとしてはそれなりに浮上していた。
浮上して……たよ?
少なくとも、家に帰るまでは。
「はー」
家からスタンドまでは、自転車で10分。
だけど、さすがにこの時期ともなるとちょっとつらい。
うー……。
でも、原付買っちゃうとお金かかるんだよね。
買うだけならいいけど、維持費がかかってくる。
大家さんに聞いたら、ほかの人の手前、駐車場をタダでってわけにもいかないなんて言われちゃったし。
……はー。
今の私には無理な話。
やっぱり、毎月固定でかかってくる家賃が何よりも家計を圧迫するけど、でも……ここを手離すことは考えてない。
だって、私だけの場所なんだもん。
しかも今では、特別な……二度と手に入らない物件。
カレシが隣の部屋に住んでるとか、なんかちょっと……嬉しいじゃない。
ってまぁ、それこそ一緒に住めたら家賃折半できるから、個人的にはものすごく助かるんだけど。
「……はふ」
結局買い物することなく帰ってきてしまったので、もちろん手ぶら。
まぁ、冷蔵庫開ければ何かしらあるでしょ。
ごはんは炊いておいたから、卵がひとつでもあれば、卵かけごはんで終了。
栄養的にどうのとか言われても、そういうのはある程度余裕がある人が気にすればいいことだもん。
ポケットから鍵を取り出してドアを開け、真っ暗な我が家へ帰宅完了。
探るまでもなく1発でスイッチを押し、ブーツを脱ぐべく壁に手を当て――……たところで、ふいにチャイムが鳴った。
「……何よぉ」
こっちはもう、くたくただって言うのに。
お昼にあれだけの量を平らげたのにこの時間にはきっちりお腹が空くあたり、私もまだまだ若いのかなーなんてちょっと思った。
「…………あれ」
仕方なくブーツを半分脱いだまま、ドアスコープから相手を確かめる。
すると、そこにはまだスーツ姿の彼が立っていて。
スコープ越しに目が合ったような気がした自分が、ちょっとだけおかしかった。
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