「昨日の夕食、何を食べたんだ?」
「昨日?」
 ああ、そういえば昨日は里逸が遅くなるからってことで、夕飯を一緒に食べなかったんだよね。
 んーと。
「確か、りんごとー、あと牛乳?」
「……それだけか?」
「あ。あとね、パン食べたよ。はちみつ付けて、はちみつパン。おいしかったー」
 久しぶりに食べたんだよね、あれ。
 ウチにはバターなんて高級なものはないけれど、チューブタイプのなんちゃってバターがある。
 どうせ、料理にちょこっと使ったりパンで食べたりするくらいだから、ひとり暮らしにはあんなもんで十分。
 だけど、里逸は大げさにため息をついて明らかに肩を落とした。
「……なんだ? その、カレーの中身みたいな食事は」
「え、なにそれ。ひどくない?」
「酷いのはお前の食生活だろう!」
 里逸が好きだっていうから、仕方なく半熟よりちょっと固めの目玉焼き。
 私はむしろ逆で半熟より生っぽいほうが好きなんだけど、時間もないし、一緒に焼いちゃってるからしょうがない。
「もー。口うるさいなー。なぁに? うちのお父さんだってそこまで言わないよ?」
「っ……そうは言ってもだな……!」
 目玉焼きにベーコン、それとちょこっとちぎったレタスとプチトマトを添えたワンプレートを里逸へふたつ差しだし、持ったのを確認してからトースターへ食パンをセット。
 個人的には8枚切りとかの薄いのが好きなんだけど、里逸に出したら『こんな薄いのは食パンじゃないだろう』とか言い出したから、仕方なく6枚切り。
 それでも不満らしいけど、さすがに5枚切りとかは分厚くて食べにくいんだもん。
「……うー。喉痛い」
 ため息混じりにリビングへ向かった後ろ姿を確認してから、レンジでチンしたお湯で里逸にはブラックコーヒーを入れて、自分用にと牛乳を温める。
 私はもちろん、牛乳たっぷりのカフェオレ。
 たっぷり砂糖を入れたから、匂いも甘くて思わずにやけた。
「なんだ。こたつがあるじゃないか」
「ん? えへへー。それね、お姉ちゃんがくれたんだー。すっごいあったかいの!」
 ふたつのマグカップを持ってリビングに入ると、いつも私が座るところの左隣へ里逸が座っていた。
 そうなのだ。
 我が家には、こうして立派なこたつがある。
 とはいえ、日中だとまだ電気入れなくても結構暖かいんだよね。
 日当たりがいいから、っていうのもあるかもしれないけど。
「昨日も、暖かくてついうとうとしちゃった」
「っ……だから風邪を引くんだ!」
「あ。それ、2回目」
「そういう問題じゃない!」
 遠くから聞こえたトースターの音で立ち上がってから、指さして指摘しておく。
 だけど、やっぱりそういう問題じゃなかったらしい。
 バターと一緒にお皿へ乗せたトーストを持って戻ると、大げさにため息をついた里逸が私を見た。
「きちんと布団で寝ないと、身体を壊すぞ」
「えー。だって、お布団冷たいんだもん」
「そういう問題じゃないだろう!!」
「……もー。それも2回目だってば」
 バターナイフでなんちゃってバターを塗ってから、その上にイチゴジャムをたっぷり乗せると、勢いあまって指に付いた。
 当然のように舐め取ると、里逸からまた『ぅ』なんて小さく聞こえる。
 ほんっと、わかりやすいなぁ。もう。
 でも、そーゆーとこが今までの態度とまったく違って、ギャップがありすぎてかわいいんだけどね。
「それじゃ、いただきまーす」
「……いただきます」
 両手は合わせないけれど、お箸を手にしてあいさつは口にする。
 そういえば、ウチではご飯って食べないんだよね。
 里逸はマメに炊いてるみたいだけど、炊飯器…………そういえば、ずいぶん使ってないや。
 ずーっとしまいっぱなしだけど、あれって炊けるのかな。
 いつだったか『ご飯はないのか?』と聞かれたのを思い出して、ついつい考えるようになっていた。
「ん。たれちゃった」
「何? ……っ、お前な」
「だってー」
 イチゴジャムてんこもりのトーストをかじったら、端っこからイチゴの果肉が落ちた。
 ……というのは正確じゃない。
 たれそうになったのを舐めようとしたら、そのせいで鎖骨のちょっと上にくっ付いた、っていうか。
「……取れない」
「…………あのな」
「ねー。取って」
「っ……おま……!」
「ねぇ、里逸。……取って?」
「く……」
 これまで一緒にいたんだから、私がわざと言ってるってことはわかってるだろう声なのに、やっぱり里逸は困ったような顔をした。
 そういう顔、最近授業じゃめっきり見れなくなったから、貴重なんだよね。
「……え……」
 くふふ、と内心彼の慌てようを楽しんでいたら、小さくため息をついてから――……正座してる私のすぐ隣へ手をついた。
 一瞬のうちに距離が狭まり、里逸の顔が下がる。
「っ……ん!」
「……だからっ……そういう声を出すんじゃない」
「だって……やだ、もぉ……」
 ふいに感じた、濡れた感触。
 いかにも何かを舐め取られたあげく、とどめとばかりに口づけられ、ぞくりと身体が震えた。
 ……ちょ……ちょっと待ってよ……!
 確かに私は『取って』って言ったけど、何も舐めてくれなんて言ってない!
 …………もぉ。なんかなぁ。
 ほんと、里逸といると自分の予想がことごとく外れて調子が狂う。
「……なんでそんなに赤い顔をしてるんだ、お前が」
「っ……しょうがないでしょ! もう!」
 そう言った里逸の顔だって十分赤かったけど、きっと私のほうがずっと赤い顔してる。
 ううん。
 それどころか、もしかしたら身体も赤くなってるかもしれない。
 ……あーもー、恥ずかしいじゃない。
 思ってもなかった行動に唇を噛むと、ジャムが付いていたのかちょっぴり甘い味がした。
 

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