「……あー、やっばい。喉痛い」
 いつものように、みぃと机をくっつけてのお昼。
 今日は午後の数学の宿題をやってない子が多いらしく、いつもはグループで食べてる子も、早々にランチを切り上げてノートを広げていた。
 慌ただしい雰囲気が漂う中での、ぼそぼそおしゃべりはあんまり楽しくない。
 でも、いつもみたいにはっきり声が出せないぶん、いいっちゃいいんだけど。
「風邪気味だよね。声とか」
「やっぱり?」
「うん。鼻声だよ」
 自分でもちょっとそうじゃないかなって思ったけど、里逸は何も言わなかったから、気のせいだろうと思ってた。
 でも、やっぱり気のせいじゃなかったらしい。
 レモンティーのパックを置いたみぃを見ながら、いがらっぽさから小さく咳が出る。
「昨日もさー、2日連続でこたつで寝ちゃった」
「……もう。だから風邪ひくんだよ?」
「あー。それ、里逸にも言われた」
「だろうね」
 頬杖をつきながらヨーグルト風味のジュースを飲み、封を切ったものの手をつけないパンを横へずらす。
 ヤバイ。
 こんなことなら、パンじゃなくてスープとかにしとくんだった。
 今朝、慌ててコンビニに寄ったときは食べたかったタマゴサンドが、今は若干鬱陶しい。
「あ。ねぇ、みかん食べる?」
「みかん!? え、何? あるの?」
「うん。早生(わせ)なんだけどね。おばあちゃんがたくさんくれて」
「うっそ! いいなー。みかん、おいしいよねー。大好き」
 みかん、と聞いた途端頭と口の中が、みかん味を求める。
 うー。
 すっぱくて、でも甘くて、オレンジで。
 あの色、見てるだけで元気出る。
 そういえばスーパーでも“ハウスみかん”が並んでたけど、まだまだ高くて買えそうになかったんだよね。
 貴重なビタミンCだけど、私にはちょっと……高嶺の花かしら。
 基本的に、フルーツを買えることってあんまりないのが、ひとり暮らし。
 どうしても、必要最低限のものしか買えないから、よほどバイトでがんばったとか、特売でちょー安いとかでないと、食べれない。
 だから、この間おばさんがマスカットを試食でくれたときは、すごく嬉しかった。
 ちなみに、そのとき私はどうやらよっぽどの反応をしたらしく、『これ。ちょっとだけど、持ってっていいわよー』なんて、小ぶりのひと房をいただいてしまったりして。
 ……てへへ。
 何かと人に助けてもらえる星のもとに生まれているらしく、それはもう親にも神様にも感謝している。
「今日、バイト?」
「うん」
「じゃあ、バイト先に持ってっちゃっても平気なら、持ってくね」
「ほんとに!? うそ、やだもー! ありがと、瑞穂お嬢さま!」
「もー。ゲンキンだなぁ」
「あはは。まぁね」
 なむなむと両手を合わせて拝みながら頭を下げると、みぃはくすくす笑いながら首を横に振った。
 いや、でもね。ホントに嬉しい。
 こんなふうに体調が万全じゃないから今日のバイトがちょっと憂鬱だなーなんて思ってたけど、それも全部吹き飛んだ感じ。
 よし。がんばろう。
 ……ホント、私ってゲンキンだ。
「あ。だからね? ちゃんとお布団で寝なきゃダメだよ?」
「ん、わかった。そうする」
 こくこくと2度うなずいてからピースを作るものの、さらに念を押すかのようにみぃは『約束だよ?』と付け足した。
 やだな、もう。
 私ってば、そんなに信用ないのかな。
 ……でもま、たしかにちょっと自信はないんだけどね。
 こたつでみかんを食べながらテレビを見て、ちょっと気持ちよくなっちゃった……なんて横になって朝までGOパターンな数時間後の自分が想像できてしまい、心の中で『だめだめ』と否定だけはしておくことにした。

「……うー。さっぶい……」
 しっかりトレンカを穿いてこっそりウォームパンツをプラスして、寒さ対策万全で臨んだ今日のバイト。
 なのに、やっぱり風が吹くたび両腕を抱きしめるようにしてしまっていた。
 ちなみに、みぃはついさっき来てくれて……何個だろ。
 袋いっぱいのみかんを、おすそわけしてくれた。
 『あら、すごいじゃないー』なんて言ったマネージャーにも、当然おすそわけ。
 そうしたら、あら不思議。
 みかんは、そこのコンビニのおでんに変わりましたとさ。
 ……まぁ、店長がこっそり買ってきてひとりで食べようとしてたのを、マネージャーが見つけて『なんでひとりなの!』って怒ったから、私へ回されたようなものなんだけど。
 でも、いくら『いいのよ』って言われても、店長の楽しみを取りあげちゃうのはどうかと思ったんだよね。
 だって……里逸だって、おつまみ片手にお酒飲むのが好きっていうか、楽しいみたいだし。
 私はまだ飲んだことがないし、おつまみを楽しみながら……なんていう経験はないからわからないけど、きっとあれってすごく楽しくて、ほっとできる時間なんだろうなぁとは思う。
 だから、私も20歳になったら、一緒にお酒飲んで楽しみたい。
 ……なんてことを言ったら、里逸はどんな顔するのかな。
「はー……やっと着いた……」
 なんだか今日は身体が全体的に重たくて、足取りも引きずるみたいな感じ。
 だから、自転車で緩い上り坂になってるここまでの200mは、倒れるかと思った。比喩じゃなく。
「……うー」
 どうしようかなぁ。
 さすがに今日は、なんかすごく寒い。
 だから、ちょっとだけ豪華に熱いお風呂を溜めて入ろうかな。
 んー……でもやっぱり、手っ取り早くこたつへGOだなぁ。
 バッグの中で、じゃらじゃら音を立てていた鍵を取り出して差し込んでからドアを開ける。
 だけど、目に飛び込んできたのは明かりがついてるはずのない、真っ暗な室内。
 途端に寒さが倍になった気がしてか、背中が震えた。


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