「はー……」
ブーツを脱ぐのも、なんだかだるい。
貰ったみかんとおでんを袋ごとシンクの隣へ置き、重たい足を引きずるようにリビングへ。
うー。
でも、暗いとなんでこんなに重たくて寒く感じるのかな。
……ってまぁ、今の今まで主不在で火の気がまったくなかったから、しょうがないといえばしょうがないんだろうけど。
「……ん」
リビングの明かりをつけたところでチャイムが鳴った。
誰か、はわかる。
私が帰宅してすぐのタイミングで鳴らす人なんて、ひとりしかいないもん。
「……なに?」
だけど、今日はバイトで声を張りすぎたのかどうかわからないけれど、ドアを開けると掠れた音しか出なかった。
それがどうやら不満だったのか、まだスーツ姿だった里逸は思いきり眉を寄せる。
「大丈夫なのか?」
「ん。平気」
「夕飯は?」
「食べるよ?」
みぃに貰ったみかんもあるし、なんて付け足したのがさらにマズかったらしい。
大げさにため息をついたあと手に持っていた袋を突き出され、頭が『?』でいっぱいになる。
「……何? これ」
「ここ数日、ろくなものを食べてないんだろう?」
「失礼ね。食べてるわよ、ちゃんと」
人並みには、きっと。
だけど、反射的に袋を受け取ってしまったので、仕方なく中を覗く。
すると、そこには近所のお弁当屋さんの“18雑穀幕の内弁当”なんて書かれている、たいそうご丁寧な代物が入っていた。
……てか、幕の内って。
私、からあげとかハンバーグとかエビフライとかでもいいんだけど。
野菜の煮物やら何やらがごろりと入っているのが見えて、相変わらず里逸らしくて笑えた。
「きちんと食事は摂れ。本当に倒れるぞ」
「……里逸は?」
「いや。俺は今日、同期会があったんだ」
「……ふぅん」
「いいか? きちんと食べるんだぞ?」
「…………わかった」
本当は、もっといろいろ聞きたいことも話したいこともあったけど、彼の返事で『あ、そう』並みに強制終了。
『ありがと』と視線も合わせずに呟いてからドアを閉めると、ため息で肩が思いきり落ちた。
同期会、ね。
別にいいけど。
だいたい、ほかの先生と仲良くするななんて馬鹿なこと言わないし、それに同期は何も女の先生ばかりじゃない。
たしか、数学の新藤も里逸と同期だって話してたもん。
……だけど。
「…………ばか」
人に貰ったものは、これで3個目。
そこにはそれぞれの人の想いが込められていて、私に対する愛情みたいなものだっていうのもわかってる。
でもね。
「…………」
こたつのテーブルにお弁当の袋を置いてから、キッチンへ戻ってみかんをひとつ手にする。
食事だけじゃ、人は生きられないんだから。
……きっと、里逸はそんなこと考えたりしないんだろうな。
それどころか、もしかしたら思ったこともないかもしれない。
人間、食べてれば元気なまま?
病気もしない?
ただ――……ひたすら栄養さえ摂っていれば?
「…………ばか」
こたつに入ったまま、もそもそとみかんをむいて……しばらく置きっぱなし。
じんわり暖かくなってきたけど、なんだか寒さはさっきよりも強くなっている気もする。
……あーあ。
今日は一緒にごはん食べれるかも、って思ったのにな。
だいたい、朝は何も言ってなかったじゃない。
そーゆー大事なことは、ちゃんと先に言いなさいよ。
「…………はー」
結局、悪いのは自分。
……今日、里逸が夕飯食べないかどうかなんて、確かめなかったもん。
こういうのって、もしも一緒に住んでたらいろんな予定をお互いに把握してるものなのかな。
同期会だなんて初耳なことを聞かされて、『え、そんなの聞いてない』って思った自分が情けなくて、だけどすごく勝手だってこともわかってるから……ああもう。
なんか、すごくイライラ。
「…………ん。甘い」
イライラしたらお腹が空いてきたらしく、小さな早生のみかんをふた房一緒に口へ放ると、想像以上に甘い果汁で、ほっぺたが痛くなる。
うー、おいしい。
でも……どうせだったら、一緒に食べたかったな。
そう思うとまたため息が漏れて、テンション急降下。
これ以上はちょっとマズい気がしたから、テレビをつけて見たくもないバラエティをとりあえず流しておくことにした。
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