「いただきまーす」 　今日の夕食は、きのことベーコンの和がらしパスタと、ミネストローネ。 　これまで一緒にとった夕食は、１度もメニューが重なることなくきている。 　その理由を訊ねたところ、本人曰く『レシピサイトのお陰かな』などと言っていたが、半分本音半分は少し違うといったところだと思っている。 　以前、『料理は作るの好きなんだよね』と笑いながら言っていたこともあったが、実際、弁当のメニューも毎日違ったもので。 　自分よりずっとひとり暮らし期間が短いはずなのにこれだけのメニューを作れるということは、本当に好きだからなんだろう。 　実際、穂澄本人も食べることが好きなんじゃないだろうか。 　そのために、いろいろなものをおいしく作りたいという気持ちから、意欲が湧くのだろうから。 「……辛くないな」 「でしょ？　ベースはマヨネーズとからしなんだけどねー。ツンとこないから、食べやすくって。私も、お店の人に教えてもらって以来何度か作るんだ」 　和がらしというのでツンとしたあの特有の感じがあるのではないかと思ったが、予想以上に食べやすかった。 　マヨネーズも、そこまで主張してこないので、くどさがなく。 　……なるほど。 　目の前でおいしそうに食べているのを見ながら、小さく笑みが漏れ――……そうになったが、音を立てて凍りついた。 「……ん……」 　目に入ったのは、普段と違う……穂澄の食べ方。 　くるくるとフォークでパスタを巻いているのは同じだが、なぜか…………なぜか、やけに舌遣いを強調されている気になるのだが、なぜだ。 「…………穂澄」 「ん？　ぅ、なーに？」 「っ……」 　唇の端についたソースを指で拭ってから舐めたのを正面から見てしまい、一瞬軽く眩暈がした。 　穂澄はよく、こうしてまるで俺に見せつけるかのような仕草で食事をとることはある。 　だが、今日はそこにきてこの髪型。 　……どういうつもりなんだ。 　早くも眩暈どころか、いろいろな意味で倒れそうになっているからこそ、目が閉じる。 「お前……その食べ方はなんだ」 「ん？　かわいいでしょ？」 「そういう問題じゃない。普通に食べられないのか？」 「普通って？」 「だから……いつもみたいに、だ」 　いつもと同じように首をかしげて上目遣いで見られただけなのに、どくんと鼓動が強く鳴る。 　別に意識しているわけでもなければ、妙なことを考えているわけでもないはずなのに、だ。 　……食欲が落ちるな。 　まぁ、もともとソウと過ごした時間にかなりの飲み物を飲んだこともあってそこまで空腹でもないのだが、穂澄の態度がさらに輪をかけている。 「んー。だって、里逸嬉しそうなんだもん」 「な……！　別に、そんなふうに思ってはいない！」 「えー、そぉ？　だって……すっごい見てるじゃん」 「っ……それは……」 　頬杖をついただけならまだしも、穂澄は曲げた指で唇に触れた。 　撫でるように動く指先を見ながら、薄っすら口が開いて……しまったのを、慌てて隠すべく手を当てる。 　だが、顔を逸らして小さく咳払いすると、穂澄は雰囲気を変え、艶やかな唇で笑った。 「……やっぱり、里逸もこーゆーの好きなんだ？」 　にやにやといたずらっぽく笑った穂澄を見ながら、ため息が漏れる。 　そうじゃないだろうに。 　……わかってないのか試しているのかは、言うまでもなくわかるが。 「穂澄がするからだろう」 「……え？」 「普段の穂澄がこんな姿になるから、ギャップで……な」 　こほん、と再度咳払いしてからパスタの続きを食べるべく、フォークを動かす。 　すっかり冷めてしまい、ソースがべったりと絡んでしまったものの、味に変わりはない。 　……だが、スープは温め直すか。 　スープマグに手を伸ばしてから立ち上がろうとする――……と、穂澄の表情が先ほどまでと違っているのに気づいた。 「……どうした？」 「え……」 「…………」 「…………」 「……顔が赤いぞ」 「っ……もぉ……何よぉ」 　まじまじ見つめてから小さく笑い、キッチンへ向かう。 　……その顔を見れただけでも、まぁよしとするか。 　レンジにマグを入れた音で穂澄も気づいたらしく、『あ、私のも一緒にあっためて！』と赤い顔のままこちらへ歩いて来たが、目が合うとすぐに逸らして唇を尖らせた。