「……いい加減、やめないか」
「なんで? ダメ? ヘン? 似合わない?」
「いや、そうじゃないが……」
「……意外とかわいいって思ったんだけどなぁ」
「っ……」
結んでいる片方の髪に触れたまま、穂澄が視線を落とした。
風呂あがりということもあって、一層艶やかな唇を尖らせたのが見え、小さく喉が鳴る。
「……だめ?」
「…………駄目じゃない」
「ほんと? じゃ、このままね」
上目遣いに見られ、視線を合わせることもできず
夕食後、なぜかやたらと機嫌がいい穂澄は、風呂から上がるとにこにこしながら俺の前で髪を結い直した。
……そこに座られると、パソコンの画面が見えなくなるんだが。
穂澄は、なぜか俺がパソコンをやっていると、毎回決まってテーブルと座椅子の間――……つまり、俺の足の間に入ってくる。
それはテーブルだったころはまだ理解できたが、こうして彼女の部屋から持ち込まれたこたつに様相を変えてもなお、続けられていた。
普段、どうしても片膝を立てて作業するクセがついてしまっているため、俺はこたつになろうとテーブルのままだろうと関係ないのだが、穂澄は幸せそうにこたつ布団へ両手両足を入れ、ほぼ前半身を温めるのがほぼ常になっている。
……まぁ別に、邪魔なわけでもないからいいんだが。
以前、『邪魔ならやめるけど』と言われたことがあったが、別に、家でそこまで重要な作業をすることもないため、特に拒むこともなかった。
…………が。
「…………」
「…………」
「……なんだ」
「えへへー。なんか、いいよね」
「……? 何がだ?」
「里逸が、真面目な顔してるとこ」
「っ……」
ぺたん、とこちらに背を預けてきた穂澄は、俺を見上げる格好のまま微笑んだ。
その瞬間を見てしまい、思わず目を見張る。
……そういうことを言うんじゃない。
まったく違う字をタイプしてしまい、チカチカと点滅を繰り返すバーを見たままわずかに時が止まる。
「……なんだ」
「なんですべすべなの? なんか悔しい」
「…………どうしてそうなる」
「えー。だって、いっつもそうなんだもん」
すい、と伸ばされた片手が頬を撫で、満足そうに笑ってからテレビへと視線を移した。
だが、今度は両手で髪の先を弄り始め、先ほどまでとはまた違う表情を見せる。
……相変わらず、読みきれない子だ。
まぁ、予測不可能なのは前から変わりないが。
「…………」
穂澄から視線を外してパソコンに向き直り、作業の続きをする。
今行っているのは、仕事とはまったく関係ないこと。
それでも、少ししてから穂澄はページに並んでいる英文を見て、『やっぱり里逸は英語の先生だね』なんて笑った。
「……ん?」
23時を少し回ったところでふいに重さが変わった気がして穂澄を見ると、俺にもたれたまま目を閉じていた。
いつもなら、彼女が『眠い』と言い出す時間。
今日はバイトもなく、ほぼ家で過ごしていたらしいが、それでも習慣的に眠たくなるんだろう。
「ほら。寝室へ行けばいいだろう?」
「……んー……」
とんとん、と小さく肩を叩くも、穂澄は目を開けずに伸びをひとつしただけ。
すぐにその伸びた腕も、すとん、と俺の足の上へ落ちる。
「……眠くないもん」
「眠たそうに見える」
「うー……だって……」
薄っすら開いた目は、若干潤んでいるようにも見えた。
眠たいだろうに、どうしてここまできてそんなふうに繕うのかはわからないが、髪型のせいかいつもよりずっと幼く見え、小さく苦笑が浮かぶ。
「…………あ」
「ん?」
しばらく、もぞもぞしながらも動こうとしなかったのだが、急に何かを思い出しでもしたのか、あっさりこたつから抜け出すとドアに向かった。
いつもと同じ、もこもこした柔らかい素材のルームウェア姿。
……だが、髪型がまるで違うせいか、雰囲気も異なって見える。
「えへへー」
「……?」
ドアを閉める寸前に目が合うと、なぜかにんまり微笑まれた。
どういう意図があってのものかはわからないが、どうやら寝室へ向かったらしい。
何も言わずにドアが閉まると、少し離れた場所でドアが開いた音がした。
「…………」
何かをしようとしての行動なのか、それともただ寝るつもりでなのかはわからない。
が、まぁ寝室へ行けばわかるだろう。
これまであったぬくもりが消えたことで少しばかり妙な違和感はあったが、結局、半ごろまでパソコンでの作業をしてからあとを追う形になった。
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