「っ……これは」
 いつものように戸締りの確認してから寝室へ入ると、いつもとはまるで違う雰囲気に喉が鳴った。
 照明の明かりとは違う、ほのかな光。
 それでも、ぼんやりというよりはもう少しはっきり物の輪郭を映し出していて、俺に気づいた穂澄はすぐそばへくると嬉しそうに笑った。
「一時期、キャンドルにハマったことあったんだよねー」
「……ほう」
「うん。っていっても、1ヶ月くらいで飽きちゃったんだけど。でも、ハマってたときは、それこそお風呂でも焚いたりしたかなぁ」
 いっぱい持ってるんだよね。
 と言うのは、事実だろう。
 今、すぐそこの棚の上には、ガラスの容器に入っているものと専用の陶器タイプのものと、ふたつに火が灯っている。
「……ラベンダーか」
「うん。いい匂いでしょ?」
 ほのかに香るラベンダーの香りを感じてすぐに、『これも悪くないな』と頭が判断した。
 最近、こうしていろいろなものを部屋から持ち込んでくるのだが、どうやら穂澄は今、部屋の片付けと称した荷物の整理をしているらしい。
 すでに12月に入ったこともあり、少し早めの大掃除なのか……とも思ったが、そうじゃないことはわかった。
 彼女が俺に言った『一緒に住みたい』という言葉。
 その返事を未だに自分はできていないが、穂澄はきっと『どっちになってもいいように』考えているんだろう。
 穂澄は基本的に、無駄なことはしない。
 だからきっと、どうして荷物の整理をしているのか訊ねれば、『前からしようとは思ってたんだけどね』などと笑うんだろうな。
「…………」
 返事をしなければならないのは、わかっている。
 なのに、ずるずると先延ばしにしてしまったのは、俺の悪いクセか。
 ……待ってるだろうに、あれ以来一度も返事を問わないのは、俺が考えていることをわかっているからか。
 それもわかるからこそ、早めに動いてやらなければならないのにな。
「んー……なんか、温かい気がするね」
「そうだな」
 揺らめいた火を見て俺を振り返った穂澄は、照明と違うオレンジの光を受けて、どこか大人っぽく見えた。
 ろうそくの火を見ると『12月らしいな』と思うのはどうしてだろうな。
 もしかしなくても、勝手にクリスマスを想像するからか。
「…………」
 ……クリスマス、か。
 毎年仕事だったりなんだりと、特に楽しむ予定が詰まるイベントでもなかった日。
 だが、今年はともに過ごせる相手ができた上での金曜日なので、どうしても考えはいろいろと及ぶ。
 きっと、穂澄は毎年クリスマスを楽しんできたんだろう。
 冬休みに入ってすぐということと彼女の人柄を考えれば、ひとりきりで過ごすはずもない。
 ……いや。
 もしかしたら、家族と過ごしているかもしれないが。
「……ん?」
 ふいに手を伸ばした穂澄が、いつものように触れてから身体を寄せた。
 だが、いつもとはまるで違う雰囲気のせいか、それだけでどきりとする。
「っ……」
 見上げてから頬に手を伸ばされ、先ほどと同じ感触のはずなのに、まるで違うことをされているような気になる。
 勝手に慌てているのは、俺だけ。
 穂澄は、いつもと同じように――……少しだけ艶っぽく唇を開いた。
「……ん」
 引き寄せられるように口づけ、当たり前のように腕を回す。
 細い身体は、何を着ているときも同じ。
 それでも、この服のときはいつもより柔らかく胸が当たり、身体が強張ることは多い。
 なのに穂澄自身はまるで気にしていないのか、さらに身体を密着させようと腕を背中に回してくる。
 それがどういう意図があってか……はなんとも言えないが、俺を受け入れてくれている証拠だとわかるから、当然嬉しくないはずはない。
「…………ん、ぅ」
 ちゅ、と濡れた音がすぐここで響き、甘い声を漏らした穂澄がゆっくりと目を開けた。
 長いまつげは化粧をしていないときも同じだが、少しだけあどけなさも残っている。
 ……すごい子だな。
 人前にいるときと、俺だけの前にいるときとでは、態度も雰囲気も何もかもが違う。
 それでも、いつだって俺を見て嬉しそうに笑うのは変わらないから、内心は授業中もついつい目が行きそうになるが。
「……おやすみ」
「…………え……」
 少し掠れた声でいつものように囁いてから頬に口づけると、いつもは聞こえない声が聞こえた。
「ん?」
 顔を覗くと、なぜか意外そうに目を丸くしていて。
 そんな顔をされたことに、こちらが戸惑う。
「なんだ?」
「な……んだ、じゃないでしょ! なんで!?」
「っ……どうした」
「だって! だって……もぉ……なんで、おやすみなのよ! ばかぁ……」
「……どういうことだ?」
 いつもと同じようにして怒られるなど、意味がわからない。
 眉を寄せて彼女の言い分を聞きはするが、やはりどういうことかは伝わってこなかった。
「……穂澄? どういうことだ?」
「………………」
 視線を外して唇を尖らせている彼女の顔を覗きこむも、依然として視線を合わせようとはしない。
 まるで、拗ねているようにも見えるからこそ、内心は何かしでかしでもしたかと慌てるが、理由が思い当たらない以上、きっと彼女にだけおもしろくない何かがあったんだろう。
「…………だって……アレ買ってくれたんじゃないの?」
「アレ?」
「…………」
 少しだけ低い声で俺を見上げた穂澄を見ながらも、意図されたものがまったくわからずに眉は寄ったまま。
 ……アレ、というのはなんのことだ。
 今日は特に買い物へは行かなかったし、昨日とて日用品以外は買っていない。
 だが、彼女の口ぶりからすると、普段は買わない特別なものを指しているようにも聞こえる。
 …………普段と違う何か。
 とはいえ、俺は特に何も――……。
「ッ……まさか……!」
「………………」
 ひとつだけ思い当たるものがあった。
 いや、正確には“思い出してしまった”だ。
 だがしかし、アレは穂澄が普段触らないような場所へ、しっかりと潜り込ませたはずなのに。
 なのに――……どうして目にした。
 彼女が言っているものと俺が考えているものが合致しているかどうかはわからないが、可能性としてはないこともない。
 何も言わず俺を見つめてくる穂澄を見ながら小さく喉を動かすと、なぜか少し残念そうな顔でため息をついた。


ひとつ戻る 目次へ 次へ