「ん……ん……」
 ほのかな明かりだけが照らす室内に響く、いつもとはまるで違う穂澄の声。
 そして……わずかな、布の摩れる音。
 何もかもが現実味をあまり含んでおらず、どきどきとうるさい鼓動の音も自分じゃないようにすら思う。
「……ぁ……」
 角度を変えて口づけ、頬に当てていた手を滑らせるように首筋を撫でると、ひくん、と身体を震わせて声を漏らした。
 薄っすら瞳を開ければ、口づけられている穂澄がいて。
 切なげに寄せられた眉も、震えているように見えるまぶたも、何もかもが自身を煽る要素でしかない。
「っ……!」
 ちゅ、と音を立てて唇を離すとともに、肩に手を当てて体勢を変える。
 今度は、俺が上になる格好。
 ……まさにlaidだな。
 先ほどの穂澄のセリフが耳に残っているような気がしたが、驚いたように目を丸くしたのをみて、つい動きが止まった。
 ――……が。
「……平気」
「っ……」
「怖くないよ」
 静かに囁かれた言葉は、いったい誰に対してのものだったのか。
 俺に対してのものにも聞こえたが、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえて、ごくりと喉が動いた。
「……は……あ」
 もこもこと肌触りのいい上着の上から身体に触れながら、肩に置いた手を……少しずつずらす。
 これまで聞いたことのないような声が耳に入ると、身体の奥が無条件で疼く。
 ……どうしようもできなくなる。
 ただ、穂澄のことでいっぱいになってしまったみたいだ。
「んっ……!」
 柔らかい膨らみに触れた途端、ひくん、と身体を震わせた。
 何か、なんて当然わかっている。
 だからこそ触れるのに躊躇もしたが、一度触れてしまうと……駄目なんだな。
 止まれそうにない。
「あ……ぁ、っん……」
「っ……」
「はぁ……、あ……」
 いかにも“女”の声に、ぞくりと背中が粟立つ。
 手のひらの内にある感触は、柔らかくて温かくて、それでいて張りがあって。
 ……心地いい、と簡単に口にしてしまうのが、もったいない気がした。
「んっ……くすぐ、った……」
「……かわいいな」
「っ……な……んで、今それ……ぇ」
 ずるい。
 いつもよりずっと力ない声で穂澄が呟きながら、両腕を首に絡めた。
 引き寄せられ、そのまま耳たぶから首筋へ口づけを落とすと、そのたびに身体を震わせた。
 しどけなく漏れる声は、妙な響きを持ってひどく淫ら。
 こんな色気をひと回りも年下の彼女が持っていることが少し怖い気もするが、それを引き出しているのが俺だと実感すると……たまらなくなるな。
 こういう気持ちなのか。
 これまで、友人らやソウの話を聞きながらもどこか冷めたままだったのに、実感したからこそわかる。
 ……たしかに、離れられなくなるものだ。
 快感という本能に近い部分は、何よりも敏感に反応するらしい。
「あっ……」
 首筋から鎖骨、胸元のラインへ口づけながら上着のジッパーを下ろすと、きめの細かい肌が徐々に露わになり、どうしても自身が反応する。
 これだけ密着している以上、穂澄にもわかるだろう。
 ……まぁ、これ以上隠せることはないが。
 まさかソウから貰ったものを見つけられていたと知らなかった時点で、恥ずかしいものは何もない。
「んっ! ん……っ……ひぁ……」
 もこもこしていた素材とは違う、かなり薄い素材のキャミソールごしに胸へ触れると、先ほどよりもずっとダイレクトに刺激が伝わってきた。
 下着はつけていないようで、ぴん、と主張しているような胸の先が布を持ち上げているのが目に入り、喉が鳴る。
 じかに触れたら、それこそおかしくなりそうだ。
 “タガが外れる”という言葉がふいに頭へ浮んだ。
「は……あ、あ、んっ……りぃち……」
「っ……」
「あんっ! ん、んん……っ」
 円を描くように撫で布越しに口づけた途端、搾り出すように名前を呼ばれ、ぞくりと身体が反応した。
「……穂澄」
「ん、んっ……はぁ……」
「穂澄」
「や……ぁん、も……そん……っんぁ」
 緩く首を振りながら、首に絡めていた腕を解いた。
 ぱたり、と細い手首がベッドへ落ち、片手がまるで声を押さえ込むかのように口元へ向かう。
「っ……ん!」
 だが、咄嗟にその手を掴んでいた。
 驚いたように目を丸くしたのが見えたが、まっすぐ見つめ返したままベッドへ押さえつけると、唇をわずかに噛む。
 煽られる対象の、声。
 普段は聞けないからこそ、正直にもっと欲しい。
「もぉ……どきどきして、死んじゃう」
「……大丈夫だ」
「っ……もお……里逸、さっきまでと全然、ちが……」
「…………俺だっておかしくなりそうだ」
「うー……なんか、も……ヘンになっちゃう……」
 ゆるゆると首を振るたび、さらさらと音を立てて髪がベッドを撫でる。
 きっと、今はっきりとした明かりをつけたら、顔が赤くなっているんだろうな。
 ……俺も、穂澄も。
 目を見たままゆっくり口づけると、『もぉダメかも』なんて小さく聞こえた。
 

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