「……そういえば、里逸って誕生日いつなの?」 
「ん? 10月だが」 
「じゅっ……ちょ! なんで教えてくれなかったの!?」 
「いや、そのときはまだ、こういう関係じゃなかっただろう」 
「っ……もお、何よ。教えてくれれば、お祝いできたのに」 
 テレビに流れた“誕生月占い”を見ていた穂澄が、唇を尖らせると『つまんない』を口にした。 
 ……ああ、そういえばそのセリフを聞くのも久しぶりだな。 
 一緒にいるようになってからは一度も聞かなかっただけに、なんだか少し懐かしさを覚える。 
「そういう穂澄はいつなんだ?」 
「私は、5月」 
「それじゃあ……穂澄のほうが、先に誕生日が来るな」 
「……まあ、そうだけど」 
 もう12月を過ぎ、年末年始も差し迫ってきている。 
 お互い、今年の誕生日まではこんなことになると露ほども知らなかっただろうが、次から迎える誕生日にはまるで気分が違っているんだろう。 
 ……もしかしたら、心待ちにするのかもしれないな。 
 占いの結果で肩を落としたのが見え、小さく笑みが浮かぶ。 
「あ。そういえば、ママが里逸に会いたいって言ってたよ」 
「っ……何!?」 
 食べ終えた食器を重ねた穂澄が、思い出したように俺を見た。 
 だが、思いもしなかった言葉でつまんでいた切り身が茶碗に落ち、何も掴んでいない箸だけが残る。 
「……俺を知っているのか?」 
「だって、同棲相手でしょ?」 
「…………ということは……」 
「もちろん、ちゃんと紹介したよ? うちのガッコの先生だ、って」 
「ッ……な……!!」 
 けろりとした顔でうなずかれ、危うく茶碗ごと落とすところだった。 
 まさか、そんな紹介がすでになされていたとは。 
 ……俺はいったい、どんな顔をして会えばいいんだ。 
 しかも、初対面ながら俺の情報はあちらに渡っているわけで。 
 …………気まずい。 
 いや、妙な頭痛がする。 
 自分がしたことを棚に上げるつもりはないが、急な動悸に苦しい。 
「ね。何食べたい? いつでもいいってー。ごはん、ご馳走してくれるって言ってたよ」 
「いや、別に俺は……穂澄が好きなものを選べばいい」 
「いいの? やった! じゃあねじゃあねー、んー……あ! お寿司は? どう?」 
「寿司か……まぁ、構わないが」 
「そお? じゃあ、お寿司ねー。ねえ、いつがいいかな。今週末とか? 平日じゃないほうがいいよね?」 
「……いや……いつでも構わない」 
「え……ホントに? いいの?」 
「ああ」 
 ぽん、と手を打って嬉しそうにしていた穂澄にうなずくと、それはそれは意外そうな顔をしてから指を唇に当てた。 
 視線を宙に飛ばし、撫でるように動いた指がフェイスラインを伝う。 
「……じゃ、今夜でもいい?」 
「ごほっ……!?」 
 相変わらず、突拍子もないというよりは、『思いついたが吉日』のようなことが聞こえ、飲んでいた豆腐と長ネギの味噌汁でむせるところだった。 
 ……危うく、ワイシャツに染みが付くところだったな。 
 『ん?』と首をかしげた穂澄を見つめてから、どうしても息が漏れる。 
「ああ。まぁ……19時台には帰れるよう、努力する」 
「はーい。じゃあ、無理なら言ってね。いつでも平気って言ってたし」 
「わかった」 
 光沢を放つ汁椀を置いてから口元を拭いうなずくと、穂澄もまた嬉しそうに笑った。 
 ……しかし、穂澄の母親と会うとなると、どこまできちんと説明すればいいものか。 
 どうしたって年齢が離れているからこそ、『娘が騙されてるに違いない』と思われるのは当然だろう。 
 ましてや、穂澄が通う高校の教師などと知ったら――……。 
「……はあ」 
 騙す、かどわかす、たぶらかす。 
 さまざまな言葉が頭に浮び、途端に食欲が落ちた。 
 どれほど誠実な言葉を選んだとしても、きっと相手にしてみれば大切な娘に手を出したろくでもない不誠実な教師としか映らないだろう。 
 ……ニュース沙汰にならないことを祈るしかないな。 
 懲戒免職になったとしても、それなりに生きていく自信はあるが、さすがに穂澄はまずいだろう。 
 ここにきて中退などということになったら、後悔してもしきれない。 
「どうしたの? ……あ。付いてるよ?」 
「ん? ……っ……」 
 箸と茶碗を持ったまま動かなかったのが妙に見えたらしく、穂澄は膝で立つと顔を覗きこんだ。 
 ――……かと思いきや、肩に手を置いてぺろりと唇の端を舐め、すぐ目の前で笑う。 
「……穂澄」 
「ん? なーに?」 
「…………いや。なんでもない」 
 かぶりを振ってから箸を運び、出かけた言葉を一緒に飲み込む。 
 俺が不安になってどうする。 
 相手は、穂澄の母親。 
 どちらが折れるべきかは、とうに見えている。 
「…………」 
 ふいに、先ほど見た占いの結果がどうだったかと気になり始めたあたり、ああ少し弱気になってるのか、と我ながら情けなかった。 
  
  
 
  
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