「……同じ部署の、後輩なのよ」
 ショッピングモールに入ってすぐ、ちょっと早めのお昼を取ることにした。
 お店は、まだ混雑していないパスタ専門店。
 お陰で、窓際のいちばん明るい席へ座ることができ、ちょっとだけ気分もいい。
 彼女が今所属しているのは、住民課らしい。
 いわゆる、市役所の顔みたいな場所だよね。
 私も、何回か行ったことはある。
 ……っていっても、さすがに自分で書類を申請したことはまだないけど。
「まさか、弟と同い年の子を好きになるなんて思わなかったけれど……でも、やっぱりそれがネックなのよね。私が指導してたってこともあるんだろうけれど、ついつい里逸とダブって見てしまうところがあって。……どうしても、年上を意識させるっていうか……うまくは言えないけれど」
 食後のバニラアイスまでしっかり平らげ、今はドリンクでシメの時間。
 アイスのミントティーを飲んだ有里さんは、そこで視線を落とした。
 ストローで氷を弄るようにつつき、薄く笑う。
 だけど、表情はさっきまでよりずっと緩くなっていて。
 ……ああ、好きな人の話をしてるときの女の人がかわいくなるのって、世代とか全然関係ないんだなーって改めて思った。
「カッコいい人?」
「……さあ、どうかしら。好みって、人によるものでしょう? 少なくとも私には里逸がかっこよくは見えないけれど、あなたには1番に見えるのと同じだろうし」
「んー。まぁ確かに」
 小さく笑った彼女に続き、くすくす笑いながらガムシロ多めのアイスカフェオレを飲む。
 まさか、実の姉にこんなこと言われてるなんて、里逸は思わないだろうなぁ。
 今日は15時ごろまで仕事だと言っていた彼も、今ごろくしゃみをしてるかもしれない。
「ただ……仕事に対してとても前向きで、住民対応も丁寧だし……とてもいい仕事をする子よ」
「……あー。だめだめ」
「え?」
「『子』なんて言ったらダメでしょ。それ、思いっきり子ども扱い」
「…………そうね」
「でしょ? どこかで耳にしたとき嬉しくないし、好意を抱いてもらえてたりしたら、半減しちゃうっていうか……多分『あー、許容範囲外か』って引いちゃうよ?」
「……なるほどね」
 小さくうなずいたのを見てから、くわえていたストローを外して改めて彼女を見る。
 すると、唇を結んだものの、どうしてか少しだけ照れたように視線を外した。
「……有里さんって、こういう話誰かとする?」
「っ……するわけないじゃない」
「やっぱり。もっと慣れればいいのにー。私でよければ、普通に聞くよ?」
「それは……ありがとう、と言うべきかしらね」
「言ってよ。私も、里逸とのこと話すし」
「……それは遠慮しておくわ」
 いたずらっぽく笑ってみせると、有里さんはくすくす笑って首を横に振った。
 ……やっぱり。
 彼女は、見た目とは全然違う。
 内面は、もっと幼くて、秘めた恋をあたためちゃう純粋な人なんだ。
 それでいて、こんなふうに冗談もちゃんと通じるんだもん、だからこそ『もったいない』と素直に思う。
 ……そう。
 やっぱり、里逸と同じだ。
 だって、ふたりとも全然素直に行動できないんだもん。
 自分をさらけ出すのが苦手っていうか、できないっていうか。
 きっと、方法を知らないまま大人になっちゃったっていうのもあるんだろうけど、だったら今から始めればいい。
 『自分がやりたいこと』『望むこと』を、ちょっとずつ表に出したって誰も咎めたりしないんだから。
「どんなところが好きなの?」
「そうね…………笑顔、かしら」
「笑顔?」
「ええ。仕事中はすごくひたむきで、一生懸命なんだけど……お昼休みとかね。たまに一緒にごはんを食べたりするとき、すごく屈託なく笑うの。……あの顔見てると、なんか……嬉しくなるっていうか」
 途中から視線を外した彼女には、絶対に彼の笑顔が浮かんでいただろう。
 目元が柔らかくなり、一気に色っぽくなる。
 ……こんな顔見せてやったら、間違いなく堕ちるだろうに。
 でも、仕事中の彼女はこんな甘さや緩さを一切見せない、まさに『完璧主義者』そのものなんだろうな。
 どこかの弟君と同じで。
「その人と付き合いたいよね?」
「っ……それは……」
「本音言って。デートしたいでしょ?」
「…………まぁ」
「チューしたり、抱きしめてほしいでしょ?」
「っ……」
 うっかりもっと直接的な表現が飛び出そうになったけれど、さすがに真昼間からそれを口にするのもどうかと思ったから、寸ででセーブ。
 ……もーね。
 『チュー』を想像して顔を赤くしちゃうとか、かわいすぎておかしくなりそうなんだけど。
 でも、素直に反応してくれるから、いい。
 こういう人こそ、自分の恋にまっすぐ向き合って、もっともっとキレイになるべきなんだから。
「私が手伝ってあげる」
「……な……」
「たかが女子高生が大それたことを、なんて思わないでしょ?」
 立ち上がって伝票を手にしながらにんまり笑うと、一瞬目を見張った彼女も、小さく笑った。
 まるで『ホントに怖い子だわ』なんて思われていそうだけど、本当のことだから否定しないし怒ったりもしない。
 手に入れたいって願うから、手に入る。
 そこに一分でも『どうせ無理だろうけど』なんて思いが混じったら、たちまち手が届かない場所へ。
 それが、この世界の掟。
 リアルは、強く願ったものだけが得ることができる、弱肉強食の世界だ。


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