「里逸、もしかして酔ってる?」
「いや……そんなつもりはないが」
「ホントに? 朝になったら、今のことさっぱり覚えてないんじゃないの?」
「俺はこれまで、酒に溺れて記憶をなくしたことはない」
「そうなの?」
「人として当然だろう」
 いたずらっぽく笑いながら人差し指で頬をつついたら、それはそれは嫌そうな顔をされた。
 確かに、こういう反応は普段の里逸と一緒。
 でも、どうしたって少しだけ頬が色づいて見えるからこそ、ちょっとだけえろちっくでどきどきするんだもん。
 ……こんなふうに、からかったりしてないと調子狂う。
 なんか、自分が自分じゃいられなくなるっていうか……ちょっと、悔しい。
 いつもは私のほうがずっと余裕めいてるのに、今は里逸のほうがずっとずっと余裕綽々みたいなんだもん。
「里逸ってお酒飲むと緩むんだね」
「……どういう意味だ?」
「あのね、悪い意味じゃなくって。なんていうのかな。柔らかくなるっていうの? 表情とか、言い方とか。普段のキツさがなくなるっていうのかな」
 きっと本人は気づいてない。
 普段だって、授業中と家にいるときとでは全然表情が違う。
 だけど、今はさらに緩くなっていて、すっごい優しい顔なんだよね。
 ……って、鏡を持ってきたとしても、里逸にはわからないと思うけれど。
「それじゃまるで、酔ってないときはかなり嫌な人間みたいだろう」
「え、自覚ないの?」
「……穂澄。それは傷つく」
「だっていっつもそうだよ? こうして眉間に皺寄せてるし」
 わざと眉を寄せて里逸を見てから、人さし指で彼の眉間を撫でる。
 今は、まったく皺なんて寄ってない。
 跡すらついてなくて、逆に少しだけ困ったような顔をしている。
「……俺はそんな顔ばかりしてるのか?」
「んー……まぁ、多いかな。でも、そーゆー真面目ーな顔してる里逸も、私は好きだけど」
「っ……」
「……だって、好きになったキッカケだもん」
 どうしたって自然に笑みが漏れて、そのまま里逸へもたれていた。
 ぺたり、と身体を寄せると、鼓動が静かに伝わってくる。
 ……気持ちいいんだよね。
 なんか、落ち着くっていうか、安心するっていうか……好きな人だからなのかな。
 無性にそばにいたくて、たまらない。
「……今日会ったヤツに、『変わった』と言われたんだ」
「え?」
「普段がどうかはわからないが、な」
 ふぅ、と小さく吐いた息がお酒くさくて、普段の里逸じゃないみたいに感じる。
 だけど、私を見ながら髪に触れた里逸の顔がすごく優しくて、なんだか、そこにいっぱい私への想いが溢れてるように思えて、胸の奥がうずく。
 ……こういう顔見せてくれるの、私だけにしてよね。
 あまりにも特別めいているからか、そんな不安を抱いた自分がおかしかった。
「……私の影響ってこと?」
「ああ。ほかに受ける相手はいないだろう?」
「…………えへへ」
 さらりと髪をすくった指が、頬に触れた。
 不思議。
 私のほうが熱いらしくて、里逸の手が冷たく感じる。
 里逸って、いつもこんなふうに素直に言ってくれるから、嬉しいんだよね。
 飾ることなく、臆することなく、いつだって私が欲しい言葉をそのままストレートでくれる。
 ……これが、『愛される』ってことなのかな。
 思わず身体ごと彼に向き直って胸に手を置くと、真正面から目が合って、またどきりとした。
「でも……いいなぁ」
「何がだ?」
「だって、私も早く里逸と一緒にお酒飲めるようになりたい」
「……そうか?」
「うん。だって、なんか一緒にお酒飲めると楽しそうじゃない? だから、一緒に飲みたいなーって」
 いろんな話を聞かせてくれるのは素直に嬉しいけれど、同時に少しだけ寂しさも感じる。
 ……ってまぁ、そもそも男友達とできる話と、私とできる話とじゃ全然違うだろうから、結局私がお酒を飲んだところで何も変わらないかもしれないけれど。
 でも、やっぱりお酒が入っての会話って絶対シラフのときとは違うと思うんだよね。
 特に、里逸みたいなタイプは絶対。
「別に、酔う必要はないだろう」
「っ……」
「酒などなくとも、十分楽しいだろうに」
 頬に触れたまま、里逸が顔を近づけた。
 唇が触れるか触れないかの距離に、どきりとする。
 ……だけじゃなくて。
 なんか、いつもと違う。
 いつもより積極的で、なんか……甘くて。
 だから戸惑う。
 眼差しが優しくて、だけど私を見つめる目は、明らかにいつもよりずっと欲望的で。
「なんか……調子狂う……」
 まっすぐなんて見ていられなくて視線を外すと、自分じゃないみたいなかすれた声が聞こえた。
 ほんと、調子狂うよ。
 どきどきして、苦しくて、でもすごく嬉しい。
「……里逸」
 どうしたらいいのかわからなくなってか、里逸のパジャマの上着を掴むと自然に彼を呼んでいた。
 のに、その囁き方はいつもと違って。
 息を含んでいたせいか、自分の声さえもひどく扇情的に感じた。



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