「へぇ。もう4年目なんだ」
「はい」
 うちの休診日は、水曜日。
 休診っていうだけあって、このクリニックにいるのは私とこの前は患者さんとしてきた彼のふたりだけ。
 ……まぁ、だからなんだって言われたらそれまでなんだけど。
「衛生看護科って、男の子増えた?」
「んー……いや、俺のときはほかにふたりしかいませんでしたよ」
「あ、やっぱり?」
 いくらドラマで男性看護師が注目浴びるようになっても、なかなか現実はそうでもないのよね。
 それにしても、4年目とは……。
「私と同じよ。キャリア」
「え? そうなんですか?」
「うん。私も、4年目」
 そう考えると、あっという間に4年が過ぎたような気もする。
 医師免許とって、そのまま家を継ぐようにここへ入って……。
 ……いろいろあったからかもね。
 この4年。
「……先生?」
「え?」
「どうかしました?」
「あ。ううん、ごめん。なんでもない」
 ちょっと思い出しちゃった。
 ……3年前に、フラれたこと。
 アレもちょうど今ごろだったなぁ。
「うん。別に問題もないし、簗瀬君が来てくれるならウチは大歓迎」
「ホントですか?」
「もちろん! 男の人いないからねー。すごく助かる」
「がんばります」
「ん。よろしくね」
 差し出された手を取って笑みを交わすと、彼も柔らかく笑みをくれた。
 うん。
 いい子じゃない。
 これからは、ここも少し変わるかもしれない。
 これまでずっと女性だけの職場だったからねー。
 両親は私にここを任せるような形で、往診メインになってるし。
 ……まぁ、昔からの患者さんにとっては、こっちに来れない人もいるだろうから、必要だとは思うんだけど。
 それでも、まだやっぱり『老先生は?』って言われるし。
 まだまだ半人前ですかね、私も。
 患者さんのほうが、手厳しいです。はい。
「それじゃ、早速だけど明日からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 丁寧に頭を下げた彼をドアから見送ってから、ロックしてしまえば……再びひとりきりの医院内。
 だからといって特に何をするでもなく、そのまま戸締りをして自宅へ戻る。
 せっかくの休みだし、もうちょっとのんびりしてたいかなー。
 なんて考えたら、欠伸が出てきた。
 ……私ってば、単純なのね。
 改めて、我ながらのんきな性格が笑えた。

「おはようございます」
「…………」
「……あの。先生?」
「え!? あ、ごめん。おはよ!」
「えっと……顔に何かついてます?」
「や、違うの。ごめんね」
 不思議そうな顔をされた巧君に慌てて首を振ると、笑ってから待合室へ足を向けた。
 ……びっくり。
 何がびっくりって、こんな早い時間に彼が出迎えてくれるなんて思わなかったから。
 真面目なんだなぁ。
 大抵、私の次に医院に入るのはいつもさゆちゃんだった。
 なのに、そんな彼女よりずっと早い時間に、彼が姿を見せるなんてねぇ。
 ……うーん。真面目だ。
 とっても好印象。
「簗瀬君ってさぁ」
「え?」
 早速カルテの整理をしていた彼に仕事を教えながら、つい口が開いた。
「真面目よね」
「そう……ですかね」
「うん。仕事に真面目なのって、すごいと思うし……好きよ、そういう人」
「……えーと……」
「あ!? いや、だ、だからね? そういう意味じゃなくて――」
 困ったような顔になってしまった彼に慌てて手を振ると、くすくす笑いながら首を横に振った。
「わかってますよ」
「……う、うん」
 ですよね。知ってますよ?
 だけど……なんかなぁ。
 調子狂う。
「おはようございますー」
「あ。おはよー」
「あらっ。彩先生だけ抜け駆けなんて、ズルいですよぉ」
「やだちょっと。何よ、抜け駆けって」
「そうじゃないですかっ。もー。ズルいー」
「あはは」
 私とさゆちゃんのやり取りを見て巧君が笑うと、私たちも顔をあわせて笑ってしまった。
 なんか、不思議な魅力があるかも。
 ……と、このときは、そんな程度にしか思っていなかった。
 このときまでは……、ね。

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