「……また?」
「ひどっ! 彩ちゃんだけは味方だと思ってたのに!」
午後のまったりした時間が流れる、ここ。
そう。言わずと知れた、芹沢クリニックの診療室ですよ。
だって、居心地いいんだもん。ここってば。
それに、やっぱり綜のことを聞いてくれる人と言ったら、姉である彩ちゃんしかいないわけで。
「だってさー。前と同じなんだもん。優菜の相談が」
「う。……だって」
出してくれたハーブティを含むと、酸っぱいけどおいしい味がした。
……んー。さすがはお医者さん。
お肌にいい上に花粉症に効くお茶らしいです。
「…………そーゆー彩ちゃんはさ」
「んー?」
カップを両手で持ったまま、そっと目の前の彼女を見る。
むむー。やっぱり間違いない。
「彼氏できたのに、私には教えてくれないんだ」
「っぶ!」
ぽつりとつぶやいた瞬間、ごほごほと咳き込みながら彩ちゃんが手を振った。
何よー。隠したって、わかるんだよ?
だって、バレバレなんですもの。
「なっ……なぁ!?」
「わかるの。当たり前でしょ? これ、何よー」
カップを机に置いてから、自分の右手のそこをつまむ。
と、彼女がまばたきをしてから苦笑を浮かべた。
「……あはは」
「あはは、じゃないです。聞いてないよ? 私」
「言ってなかった……っけ?」
「言ってません」
あははと乾いた笑いを繰り返す彼女にジト目を送ると、咳払いをしてから椅子に座りなおした。
そういうところは、結構かわいくて笑ってしまう。
「……えーと。あの、ね。この前から……ちょっと、お付き合いしてる人が……いますのよ」
「ほぉ。で? どんな人? ね、写真とかないの?」
「写真? んー……」
そう言いながらタブレットを取り出して、彩ちゃんが何やら弄り始めた。
ふふ。どうやら、あるらしいわよ。
噂の、彩先生の彼氏の写真が!
気になるなぁ。
なんせ、ここ数年彼女から彼氏報告を受けていないし。
「あ。これなら……」
「え? どれどれ?」
ふと手を止めてタブレットをこちらに見せてくれた彼女に、身を乗り出す。
と、そこにはなかなか優しそうな男の人が映っていた。
っていうか、彩ちゃんがめちゃめちゃかわいい顔してるんだけど。
「ねぇ、彩ちゃ――」
「彩さん」
「っはい!!?」
私が声をかけるよりも早く、スタッフルームのほうから男の人がひょっこりと顔を出した。
……あら?
この、顔。
っていうか、彩ちゃんびっくりしすぎ。
「あ、お客さん?」
「うん、ごめん。もうちょっと待ってくれる?」
「あ、待ってください!」
「……え?」
彩ちゃんに了承の返事をしそうだった彼に、すかさず声をかける。
だって、せっかく写真じゃないホンモノさんに会えたんだもんね。
「初めまして、佐伯優菜と申します」
「あ、簗瀬巧です。……彩さんの知り合い?」
「はい」
彩ちゃんが答える前にうなずくと、それはそれは優しい顔をしてくれた。
こんなに優しい笑顔なんて、本当に久しぶりに見た。
だって、始終あの無愛想な顔と一緒にいるんだもん。
やっぱり、男の人はこうでなくちゃ。
男の人の意見っていうのも大事だと思ったから、困った彩ちゃんは置いておいて、せっかくなので彼にも混ざってもらうことにした。
「んー……」
「どう思います?」
のほほんとした時間が流れる、診療室。
今日の午後は休診なのをいいことに、ちゃっかり占拠させてもらいながらふたりの意見を聞いている現在。
先ほどまで湯気を昇らせていたハーブティーも、今はもうすっかり冷めてしまった。
「優菜は、はっきり聞いたんでしょ?」
「……と思う」
「何よー。随分曖昧ねぇ」
「だって……さぁ」
私のこと、綜はどう思っているの?
そう聞いたはずの、あの夜。
だけど、あのときはもう自分自身がいっぱいいっぱいだったから、あんまりよく覚えていないんだよね。実は。
それに……さ。
えっちするってことは、少なくとも気持ちがあるからするんだよね? 普通は。
だから……と思ってたんだけど。
よーくよく考えてみると、まだ綜の気持ちを聞いていない。
えっちしてるときも、言ったりしなかったよね?
「……ちょっと、優菜!」
「え!? あ、ご、ごめん」
「ぼーっとしちゃって……どしたの?」
「へ? ……う、うん。ちょっと、考えごと」
眉を寄せた彼女に慌てて首を振ると、訝しげにしながらもそれ以上は追求されなかった。
いくら彼女とはいえ、言える筈がない。
彼女の弟である綜とのえっちシーンを思い出してました、なんて。
いや、あのね? 別にやましいことしてたわけじゃないのはわかってるのよ。
でもまぁ……理由はどうあれ、実際考えてたのはそのことだから何も言えないんだけど。
「でも、さ」
「え?」
診察台に腰かけていた巧さんが、顎元に手をやったままでこちらを向いた。
と同時に、私と彼女の視線は彼へ。
「……何がおかしいのよー」
「いや、ごめん。急にふたりがこっち向くから」
くすくすと笑った彼の顔は、綜にはないかわいさがあった。
……って、怒られるかな。
やっぱり、かわいいって言葉は男の人に遣うものじゃないし。
ましてや巧さんは、私より年上だしね。
「面と向かって、聞いてみたらどうかな?」
「え?」
「やっぱり、ヘタな小細工して聞き出したりするよりも、正直に気持ちを聞いたほうが正解だと思うんだよね」
……それは確かに、そうかもしれない。
ましてや、相手はあの綜。
妙なことして機嫌でも損ねたりしたら、それこそ何を言われるかわからない。
うん。
彼の意見は、正しいと思う。
「……やっぱり、そのほうがいいですか?」
「だと思うよ。少なくとも、俺はそうしてほしいかな」
そう言われると、この意見は強い。
そりゃあ、彼と綜は性格も考え方も違うとは思うけれど、でも、同じ男性の意見だし。
思いがけず的確な意見を得られたからか、自然と笑みが浮かんだ。
「じゃあ、そうしてみます」
「うん。がんばってね」
「はいっ!」
カップに残っていたお茶を飲み干して立ち上がり、軽く頭を下げる。
すると、にこやかな笑みでうなずいてくれた。
いい人だー。
ってか、彩ちゃんいい人捕まえたのねぇ。
「……何よ」
「ん? なんでもないよーん。じゃあ、ご馳走様でした」
「はいはい。気をつけて帰ってね」
「うん。ありがとね」
くふふ、と笑ったのがわかったらしく、彼女は目ざとく眉を寄せた。
診療室のドアを開けるときも、つい彼女にはそんな視線が向く。
……と、やっぱり同じように怪訝そうな顔を見せた。
ごゆっくりー、って意味だったんだけど伝わったかな?
仲良さそうなふたりは、やっぱり羨ましい。
私もああなりたいなぁ。
……っていうか、綜も巧さんみたいに優しくなってくれればいいのに。
誰もいない待合室を抜けながら、ふとそんなことが思い浮かんだ。
「……だよ?」
「え? 何が?」
腕を組んだまま見つめてきた巧に対し、彩は思わず喉を鳴らす。
「彩さんが俺の気持ち聞きたかったら、いつでも直接聞いてね」
「……べ……別に私は……」
「へぇ」
「……何よ、それ」
「別に?」
「むー……」
にこやかな巧と、対照的な彩。
そんなふたりのやり取りがあったことも、付け加えておく。
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