……さむっ。
 足先が冷たくなってきたことで、ふと目が開いた。
 どうやら、彼にメッセージを送ったあと寝てしまっていたらしい。
 すっかり外も暗くなっていて、明かりをつけていない部屋の中は真っ暗だった。
 何時だろ……。
「っ……」
 そう思ってスマフォを取ると、1件だけメッセージが届いていた。
 ……綜だ。

 『いらない』

 ……くぅ。
 究極のひとことって感じがするのは、どうしてかしら。
 いや、そりゃまあね?
 既読スルーされるよりかは、よっぽどいいんだけども。
 それでもさ、もうちょっと気の利いた言葉くれてもいいじゃない?
「はっ」
 それとも、そんなこと打てないくらい怒ってるのかしら。
 それはそれでヤダなぁ……。
 じぃーっと彼からのメッセージを眺めていても、増えることはない。
 はー。
 夕食はいらないっていう返事のはずなのに、まるで私のことを『いらない』って言われたみたいが気がしてくる。
 ああもう。最悪。
 どうやら、相当落ち込んでるようだ。
「……ごはん食べよ」
 冷たくなってかなり経つ例のパスタのお皿を手に、リビングの明かりをつけてからキッチンへ向かい温めなおす。
 あたたかい色の光に浮かぶお皿を見ながら、綜のあの冷たい心というか性格というかを巧さんのように変えるにはどうしたらいいだろうか、と頭に浮かんだ。
 綜のことも、レンジでチンできればいいのに。
 電子音とともにお皿を取り出し、再びリビングへ。
 彼がいるときは見ることのないバラエティーをつけ、主のいないソファへ彼のようにふんぞり返って座ってやる。
 ……あー、ちょっと気持ちいいかも。
 今だけはここの家の主って感じがしてきた。
 でも、まぁ……いつまでもこんな状態が続くのだけは、御免だけどね。
「……はあ」
 新しいフォークでパスタを巻きながら、ため息が自然と漏れた。
 綜……早く帰ってくればいいのに。
 暖房をつけていなかったので、室内でさえ空気は冷たい。
 どこにいるのかはわからないけれど、外はもっと寒いだろうなぁ……。
「…………」
 どうしたって、思うのは彼のことばかりで、改めて気付く。
 ああ、私って綜のことかなり好きなんだなぁ。
 ……でも、綜は自分の気持ちを言ってくれないワケで。
 ってことは、私の気持ちが重いのかしら。
「…………え」
 途端、手が止まる。
 もぐもぐと食べていた、口も止まる。
 ……マジ……ですか?
「そ……そんなこと……え、あるのかな……やだ、どうしよ……」
 乾いた笑いすら出ず、眉が寄る。
 ……う。それはきついなぁ……。
 帰って来た途端『お前の気持ちが重い』とか言われそうでちょっと怖い。
 早く帰って来てほしい。だけど、帰って来ないで。
 どっちだと言われても、即答できない。
 ……どうしよう。
 綜って、私のことホントはどう思ってるんだろう。
 昼間出た、彼の気持ちを確かめるような質問。
 あの反応からして、正直いいものだとはどうしても考えられないんだけれど。
「うわ!」
 考えながらフォークを動かしていたせいで、フォークの柄の部分までパスタが絡んでいた。
 ……何してるんだか。
 深い、ふかーいため息をついてそれをほぐし、改めて食べ始める。
 どうか、神様。
 これまでの数日が泡の如く消えてしまいませんよう、今日だけ……っていうか、今日帰ってくるのかな。
 夕食を聞いたときに貰ったあの返事で、どうやらプラス思考ができなくなってしまったらしかった。

 歯磨きをしながら、ニュースを見る。
 見ての通り、すっかり寝る気満々です。
 独りで部屋にいるのも、悪くないかなーって思ってたじゃない?
 いつも綜が使ってる場所を占有できるのは、いい気分だったし。
 文句言われることなく好きなことをして、好きな時間までのんびりお風呂入れて、結構幸せだった。
 ――お風呂入ってるときまでは、ね。
 いざ寝る準備を整える時間になると、気持ちもテンションも一気に下がる。
 だって、あの大きいベッドに独りで寝なきゃいけないんだもん。
 しゃかしゃかと動かしていた歯ブラシを止め、くわえたままでソファにもたれる。
 寂しい。
 なんとも言いようのない、孤独感。
 独り暮らしのときとは、まったく違う。
 そりゃあ、確かに独り暮らししたときはそれなりに寂しいと思うこともあったけど、でもここみたいに大きい部屋じゃなかったし、ベッドだってもっと小さかった。
 自由気ままの生活は、好きなほうだ。
 だけど、初めからひとりで住んでいるのと、ふたりで住んでいてひとりになったのとでは環境がまったく違うわけで。
 ……早く帰ってくればいいのに。
 再び歯を磨きながら立ち上がり、自分が使っただけの洗面所へ向かう。
「…………」
 鏡に映るのは、相変わらずの自分の顔だけ。
 まさかこんな時間まで綜が帰って来ないとは思いもしなかった。
 こんなに長い間、ひとりでこの家に居たのは初めてだもん。
 だからこそ、時間が経つにつれてどんどんと不安が大きくなる。
 ……綜は、私に呆れて出て行ったんだ。
 ひょっとしたら、呆れるどころか嫌いだったりして。
 いや、それとも――。
「ほかに……」
 そう。
 こんな時間まで帰ってこないって言うことは、イコールほかに女がいるかもしれないってこと。
 え、もしかして、その人の所に入り浸ってるとか……?
 あ、そうか。
 だから、私が彼の気持ちを聞いた途端あんな態度を取ったんだ。
 図星だったんだ……きっと。
 それで……。
「ええぇ嘘ぉ……!」
 へたん、と力の抜けた身体を洗面台に預ける。
 嘘だって言ってくれれば、私は救われる。
 馬鹿な考えだって笑われれば、私も笑みが浮かぶ。
 だけど。
 ……だけど、もし彼の顔が変わらなかったら?
 彼が首を縦に振ったら……?

 ガチャン

「っ……!」
 ここまで聞こえた、鍵の開く無機質な音。
 ……帰って来た。
 洗面台にもたれたままの格好で喉を鳴らすものの、身体が動かない。
 どうしよう。
 私、なんて言えばいい?
 聞きたいけれど、今はかえって彼に何も言うことができない。
 怖い。
 ……だけど、彼に会いたい。
 知らないフリをして寝てしまおうかとも思ったけれど、自然と身体に力が入っていた。
 行かなきゃ。
 大きく深呼吸をして鼓動を整えてから、そっと玄関へ足を向ける。
 …………どうか、話をしてはくれますように。
 そう願うのは、弱さからだろうか。


ひとつ戻る  目次へ  次へ