未だに潤んだ瞳で綜を見つめ続ける女子アナと、若干虜になってしまった感がある男性司会者。
 そんなふたりを見つめていると、隣に立っていたミハエルさんがくすくす笑った。
「さすがだね」
「……ですか?」
「うん。言うことが違う」
「あはは」
 明らかに、本当の綜を知っている彼だからこそ出てくる言葉。
 オンと、オフ。
 そのどちらもの『綜らしさ』を知ってる彼は、最後にちょっとだけ苦笑を浮かべた。
 しかしながら。
 そんな綜に、相変わらず惑わされている数名の出演者をヨソに、ものすごく引きつった表情を浮かべている人物が、たったひとりだけ同じステージにいた。
 ……ああ。
 確かに、あの人ならあんな顔するだろうな。
 そんでもってついでに言うと今ごろ、(はらわた)が煮えくり返っているかもしれない。
「えっと。それでは、東堂さんはいかがですか?」
 そう。
 今回インタビュー受けてるのは、綜だけじゃないのよ。
 先日共演を果たしたということで、綜と東堂さんが同じ画に映っている。
 ちなみに、私の横にいるミハエルさんは、『僕はピアノだからふたりと一緒は嫌だな』とあらかじめ言っていたそうで、先に撮り終えている。
「そう……ですね」
 苦虫を噛む潰したかのような東堂さんの表情に気付いたのか、女子アナが慌てた様子で表情を繕った。
 いやいやいや。
 どうみてもそんな対応じゃ、いくらなんだって東堂さんがかわいそうでしょ。
 だって、さっきまでの綜への食いつきようとまるで違うんだもん。
 ……おまけみたい。
 なんていうのかなー。
 ほら、お菓子についてくるおまけってあるじゃない?
 『食玩』だっけ。
 アレよ、アレ。
 あの――お菓子のほうが、東堂さん的な扱いしてるわよ、今。
 本来はメインであるべきはずなのに、組む相手を間違えると一転して『おまけ』になりさがってしまう。
 ……かわいそうに。
 隣にいる綜のせいで、お株奪われっぱなしじゃない。
 ひくつく口元を手で押さえながら、精一杯笑顔を繕おうとする東堂さんを見ていたら、あまりの憐れな姿に思わず同情心が芽生えた。
「……かわいそう」
「優菜。それは聞こえるから言っちゃダメ」
「あ、すみません」
 くすり、と笑ったミハエルさんは、しぃと人差し指を唇へ当てた。
 何を隠そうこの収録タイトルは、『若き巨匠・東堂郁武とクラシックの明日』ってタイトルなのだ。
 ……ということは、イコール主役は綜なんかじゃなくて、紛うことなく東堂さん本人に間違いない。
 しかぁーし!
 綜の隣に座ったが最後、ぺらぺらと能書きたれまくりの彼の影に今やひっそりと隠れてしまったから、さあ大変。
 一気に立場は逆転して、どっちが主役だかわかんなくなっちゃった。
 ……否。
 むしろ、綜が主役の栄冠を奪っちゃったって言っても過言じゃない。
 だって、ここまでの40分もの間、質問を受けてひたすら喋ってたのは綜なんだもん。
 私が見ていた限りでは、東堂さんは最初の『よろしく』という自己紹介と、そんでもって綜の話にもっともらしく『へぇ』とか『ほぉ』とかの相槌を打つくらいしか喋ってなかったんだから。
 まぁ、相槌が『喋る』にカウントされるのかどうかはわかんないけど。
 でも、今さら東堂さんにマイクとカメラが戻ったって、もー遅いでしょ。
 どう編集されるのかはわからないけれど、少なくともやっぱり東堂さんより綜のほうが華があるし、愛想があるし、そんでもって男前。
 ……ねぇ?
 そんな花形に代わって東堂さんがお茶の間に映された所で、いったい誰がわーきゃー言おうものか。
 そんなことの前に、きっとテレビ局へ苦情の電話が殺到するわよ。
 『もっと横に映ってる色男を出せ!』ってね。
「……こほん。えーと……そうですね。ええ。私もそう思いますよ」
 あら。認めちゃったよ、あの人。
 っていうか、1番やっちゃ駄目なことじゃない? それって。
 だって、そんなふうに笑みを浮かべてじゃ、綜をまるまる肯定したとしか映らないじゃない。
 ついこの間会ったときは、東堂さんめちゃめちゃ綜のこと敵視してたのに。
 なのに、いいの?
 そんな曖昧な返事したら、それこそ番組タイトル変わっちゃうよ?

 『ヴァイオリンの鬼才・芹沢綜と愉快な仲間たち』とかってふうに。

「あ、いや、ええと……そうではなくて……」
「はい?」
「え?」
 だがしかーし。
 何かをぴぴっと感じたらしく、東堂さんは慌てて今言ったことを訂正しようと首と一緒に手を力強く横に振った。
「違います! 私は、ちゃんと尊敬する人物がいるんです!」
「あ、そうなんですか?」
「ええ!」
 ようやく自分の出番が来た!!
 まるでそう大きな声で言いたげな彼は、ぐぐっと身を乗り出して何度もうなずいた。
 あー……。
 どうやら、よっぽど嬉しかったらしい。
 まぁね、気持ちはわからないでもない。
 だって、これまでずーーっと自分が主役であるべき場所を、綜にがっつりイイトコ持ってかれてたんだもん。
 ……まぁ彼のコトはまったく気に入りはしてないけど、でも……ちょっとだけ同情したしね。
 それじゃまぁ、名誉回復に励む様子をとくと見させてもらいましょ。
「こほん。ええとですね。私は幼いころから憧れていた指揮者の方がお――は?」
 東堂さんが意気揚々と滑舌良く喋り始めた、その……瞬間。
 テーブルを挟んで向かいに座っていた女子アナが、小さく『あっ』と口元を手で覆った。
「ええと……東堂さん」
「はい?」
「あの……っ大変申し訳ないのですが……」

「データの残量が……なくなってしまったそうで……」

「えっ……」
 ぽかーん、という音があたりに漂うかのごとく、東堂さんはいかにも『豆鉄砲でも食らった』みたいな顔をして口を開けた。
 そんな様子を見て慌てたのは、司会者連中だけでなく、スタッフも同じ。
 ……まぁ、そりゃそうでしょ。
 だって、仮にもこの人が今の『主役』なんだから。
 誰も、綜があんな人だなんて思わなかったんだろうなぁ。
 ま、綜がただの脇役の位置に納まる人じゃないのは知ってたかもしれないけど。
「で、ですからあのっ……大変申し訳ないのですが、一旦ここで休憩を挟みまして……ねっ!」
「そ、そうなんです! 1度……仕切り直しということで」
「……は」
 あ。
 今、短くみじかーくだけど、綜が顔を逸らして笑った。
 笑っちゃった。
 っていうか、笑いやがったよあの人!
 あーあ。
 司会者の人たちが東堂さんを見て慌てて繕ったっていうのに、それじゃ何も意味ないじゃない。
 っていうか、今の綜に釣られてなのかどうかはわからないけれど、スタッフにもくすくすといった笑い声が広がってしまった。
 どうやら東堂さん自身もわかったらしく、肩をわずかに震わせてから、徐々に顔が赤くなっていったけど。
「ッく……! 芹沢綜、貴様……!」
 辛酸を舐めさせられた。
 そんな明らかな憎悪の瞳を綜に向けたのがわかったけれど、張本人が余りにも呑気に水とおぼしきグラスを傾けているのを見て、私はつい噴き出していた。
 だって、そのコントラストと言ったらもう……!!
 ……久しぶりに、あれほど感情むき出しな人見たと思う。
 まるで、アニメのラスボスみたいなセリフだったしね。


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