ヤバい。どーしよう。
 買い物がものすごく楽しいのは、いったいいつぶりかしら。
「お前……まだ買う気か?」
「だって、かわいいんだもん! 全部欲しい!」
 とある雑貨店に入って、かれこれ20分は経っていると思う。
 でもね、このお店に入った途端完全にノックアウト。
 ひとつひとつの物が凝っていて、デザインもかわいければ、値段も言うことない。
 うわぁ。
 ここにある物で、あの家を統一したい。
 ふつふつと込み上げてくるそんな危ない欲求を抑えながらも、どうしたって顔はにやけてしまう。
 ……ああ、心底幸せ。
 こんなかわいい雑貨屋さん、あったんだなぁ。
 グラスを手にしながらニヤけていると、さすがに綜が呆れたらしい。
「……え?」
「俺は外にいる」
「ちょ、ちょっとぉ! 綜の意見は!?」
「なんでもいい」
 うわ。
 ここに来てまで言うのね、その言葉を。
 ……まぁ、文句言わないならいいけど。
 放るようにされたクレジットカードを受け取って、疲れた様子の後ろ姿を見送る。
 てか、ご本人名義以外は使えませんて!
 うーん。
 買い物、そんなに長くしてるつもりないんだけどなぁ。
 でも、ちょっと反省。
 ここはひとつ、早めに決めてレジに行こう。
「んー……と」
 このお店で見るつもりなのは、食器類。
 グラスや細々とした小物類はすでにゲット済みなので、あとはお皿のみ。
 深いお皿もあったほうがいいよね。
 カレーとか食べるだろうし。
 ……カレー。
 え、綜がカレー?
 あはは! 想像すると、なんか笑える。
 あ、でもラーメン普通に食べてたしなぁ。
 綜って、意外と格好にこだわらないわよね。
 そういえばこの間、コンビニのおにぎりも食べてたっけ。
「……楽しそうだなぁ」
 ふと奥を見ると、仲良さげに笑顔を交わしながら雑貨を見ているカップルがいた。
 女の子は私より年下って感じだけど、男の人はもしかすると年上……かな?
 すごーく仲睦まじくって、見てるこっちもほのぼのしちゃう。
 ……いいなぁ。
 私も、あんなふうに綜と買い物したいかも。
 だって、いかにもお互いのことが大好きで必要としてるって感じがするんだもん。
「……はは……はー」
 いまだに、綜の気持ちすら聞いていない私とは大違い。
 はぁ。
 白いシンプルなお皿を手にしながら、それはそれは深いため息が漏れた。

「お待たせ」
「遅い」
「……ごめんってば」
「なんでこんなに時間がかかるんだ?」
「だって、すごいかわいかったんだもん」
 店の前のベンチへ相変わらず偉そうに座っていた綜に笑みを見せると、大きくため息をついてから立ち上がった。
「じゃあ、もういいんだな?」
「ん。あとは、食料品」
「……まだ買うのか」
「だって、お米も何もないんだよ? 夕飯作れないじゃない」
「…………」
「もう少しだってば!」
 ち、と舌打ちをしたのが聞こえたところで、慌てて慰めてみる。
 ヘタをすると、このまま『帰る』とでも言い出しかねない雰囲気。
 そんな彼の背中を押しながら食料品売り場に下り、カートに荷物を積んでからカゴを入れる。
 さすがに、食器以外は1度車に戻って置いてきた。
 ……だって、予想以上の量になったんだもん。
 たはは。
 我ながら、ちょっと反省はする。でも、ね!
 これから生活して行く上では必要な物しか買ってないはずだから、許してもらいたい。
「夕飯、何がいい?」
「別になんでも――」
「なんでもいい、以外ね」
 にやっといたずらっぽい笑みを先に向けると、瞳を細めてからそっぽを向いた。
 何よ、もー。
 先取りして真似てみたってのに、かわいくないわね。相変わらず。
「綜ってさー、向こうでどんな食事してたの?」
「普通」
「いや、普通じゃわかんないでしょ。もっと具体的に」
「出された物を食べて過ごした」
「……曖昧ねぇ、相変わらず」
 出された物って言ったって、料理の名前くらいあるでしょ?
 なんでこー、漠然としすぎた返事しかくれないのかしら。
 それが、やっぱり悔しい。
 まったく。そういうことばっかり言ってるとね、おかゆにしちゃうわよ。
「あ。ブリが安い。照り焼き……いや、ここはお刺身だな」
「……お前、安直だよな」
「素直って言って」
 切り身ではなくサクのパックを取ったところで、ふいに笑みが漏れた。
「……なんだ」
「えー、だってさぁ……なんか、おかしいんだもん」
「おかしい?」
「うん。こうして、綜とふたりで当たり前のように買い物してるのが」
 くすくすと笑いながらそんなことを返すと、怪訝そうな顔をされた。
 でもね、9年前の私は、きっともう二度と綜と会うことはないと思ってたの。
 なのにまさか、そんな彼と再会したあと一緒に住むことになって、一緒に夕飯の買い物してるなんて……何度考えても、やっぱりおかしい。
 それに――。
「……楽しいっていうか……なんか、満たされてる気がする」
 前を向いてぽつりと漏らすと、それに対して綜は何も言わなかった。
 だから、悔しくてじぃっと見つめてやる。
 5秒ちょっと。
「……なんだよ」
 うん、満足。
 いつもの綜とは違って、ほんの少しだけど困ったように私を見たから、よしとする。
 いつもみたいになんの反応もないような顔されてたら、結構ショックだもんね。
「あ。調味料も買わないとね。私、マヨネーズないと死んじゃう」
「……勝手に死ね」
「ひどっ! おいしいじゃない!」
「マヨネーズがないくらいで死ぬような人生は、歩みたくない」
「……く……悪かったわねっ」
 そっぽを向いて冷ややかに毒を吐く綜を軽く睨みつつ、引っ張るように調味料類の棚へと足を向けることにした。

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