間違いでない事実を受け取った今、不思議な気持ちでいっぱいになった。
説明をお医者さまに受けているんだから、嘘であるはずがない。
私がここに来るに至った経緯は、恐らくほかの妊婦さんと同じなんじゃないだろうか。
ことの発端は、今日の午前中。というか、ついさっき。
いつものように朝ごはんを作って、綜と一緒に食べた。
そのあとは、綜が早めに打ち合わせがあるからと出かけて行って、付き人であるはずの私はひとりお留守番。
理由は、家に荷物が届くはずだったから。
でも、何もしないで待ってるのもなんだなって思ったから、いつものようにお洗濯と部屋の掃除を済ませた。
そんでもって、やっと座ってコーヒーを淹れたところで思い立ったのが、スケジュールの整理。
今週は何かと忙しくて、時間単位で動かなければいけないことが多かった。
だから、そういう約束が入るたびにメモへ走り書きしてたから、それをまとめなきゃいけないなーって思ってて。
そんで……改めて、じっくりと開きながら予定を書き入れていた、スケジュール手帳を見ていて、ふと気付いたわけ。
というのは単純に、自分の身体のリズムのこと。
月に1度、女の子は病気じゃないけど体調が崩れる期間がある。
それは、今じゃ恐らく小学校の男の子でも知ってるんじゃないかな。
女性にそれがあるのは当然であり、自然の摂理。
だから、普通に女性として生きている私にも、毎月決まった周期で必ずおとずれていた。
……んだけど。
「あれ?」
そういえば、今月は随分遅いなーなんて思ったのがキッカケだったのかな。
気付くと、書き込んでいた予定を途中にして、先月のカレンダーと今月のカレンダーをじっくり見比べていた。
……ひぃ、ふぅ……。
「んー?」
やっぱり、足りない。
いや、足りないっていうか、計算が合わない。
いつもどころか、今まで一度だって周期が狂ったことはなかったのよ。
それくらい、心身ともに健康優良児。
カチッとリズムがぴったりハマるようにきていたから、今回の事態はそれこそ私にとって由々しきことだと言ってもいい。
自分でもびっくりしたし、それと同時に……ちょっとだけ、不安になった。
もしも、そうだったら。
もしも……もしも、私が考えていることが本当だったら。
……そうだったら……どうしよう、って。
「っ……!!」
そう思って、慌てて近所のドラッグストアまでダッシュで向かった。
というのは、ちょっと違う。
ダッシュで行こうとしたけど、違う違うってはやる気持ちを抑えて競歩並みに歩いた。
なぜか、なんて理由は簡単。
1番手っ取り早い確認方法の、妊娠検査薬を手に入れるために。
「双生児の場合、若干リスクが高くなります。ですので安定期に入るまでは、2週に一度の定期検診に必ずお越しください」
「わかりました」
これまで見せてくれていた笑みが、すっと消え、一転して真剣な眼差しを向けられた。
と同時に、ごくっと喉が鳴る。
いや、だって、あの……うん。
やっぱり、色香漂うほどのイイオトコには、真剣な表情が1番グっとくるなぁとか思っちゃったりして。
……はふぅ。
今回ばかりは、病院も悪いところじゃないな、と素直に思った。
いや、まぁ……うん。
知り合いも知り合い、自分の彼氏の実家のお姉様とお父様のご職業は、彼と同じ開業医なんですけどね。
「では、2週間後にまたいらしてください」
「はいっ」
再び彼が浮かべた笑顔に見とれていたら、付き添っていた女性の看護師さんにも『お大事にどうぞ』と言われた。
あぁ、なんかまだ正直実感が湧かない。
だけど、今まで目の前で繰り広げられていたことは、どれも事実に違わないわけで。
「…………」
ありがとうございました、と頭を下げてからドアの外に出ると、そこにはお腹の大きな女性が幾人もいた。
彼女たちから自分のお腹に視線を移して、手を当ててみる。
まだ、ぺったんこのままのお腹。
だけど……もう、違うんだ。
「えへへ」
にへらっと笑みが出たけれど、やー、だめだめ。すごい嬉しい。幸せってこういうことなのかな。
だって、ここに赤ちゃんがいるんだよ?
それも、ふたりも!!
確かに、自分も小さいころからお隣の双子君を見て育ってきたから、多少の免疫みたいなモノはあるけれど、でもねぇ。
まさか自分が……この私が、双子の赤ちゃんのママになるなんて。
「……嘘みたい」
ロビーの椅子に深く腰かけると、徐々に徐々に実感が湧いてき始めた。
「…………」
もしかしたら……今日の朝から起きていたいろいろなことは、ある意味予兆だったのかもしれない。
まず、ひとつ目。
目玉焼きを作ろうと卵を割った途端、中から2個の黄身が出てきた。
あのときはただ単に『やった、らっきぃ』くらいにしか思ってなかったんだけど……でも、あれだってれっきとした双子だ。
そして、ふたつ目は、ゴミ捨てで外に出たとき、珍しく双子の女の子を見たこと。
このマンションに住んでいるのかどうかはわからないけれど、でも、初めて会ったんだよね。
ここに住んで、だいぶ経つっていうのに。
あとは、貰ったさくらんぼのほとんどが双子だったとか、テレビで双子の芸能人特集をやってたとか……そんな所。
考えてみればみるほど、とにかく“2”という数字や“双子”というものに、やたらめったら縁がある日だった。
こじつけに感じるかもしれないけれど、でも、振り返ってみればそうなんだから不思議なもので。
「……えへへ」
まさか自分が双子を授かっていただなんて、想像だにしなかった。
だって、綜と一緒に暮らしているとはいえ、正式には結婚してないんだから。
「……ね」
自然に手のひらがお腹へ向かい、撫でるようにさする。
初めてかもしれない。自分の身体を大切にしよう、って思ったのは。
食生活とか、座り方とか、とにかくいろいろ。
本当にたくさんのことを、これからは気をつけていきたいと思う。
「…………」
私が今ここにいることも、双子ちゃんがお腹にいるってことも、まだ何も綜は知らない。
だけど、病院に来て最初に書いた問診票の選択肢で、すでに私は自分の選択を出していた。
『妊娠が認められた場合、どのような処置をご希望ですか?』
そこにあった、3つの選択肢。
『産む意思がある』 『堕胎を希望する』 『相談して決めたい』
綜に相談するなんて頭には全然なくて、瞬間的に『産む意思がある』に丸をつけた。
誰かに罵られても、つらい道になるとしても、それ以外考えられなかった。
たとえ、その答えを選んだことで、綜の元を去らなければならなくても。
周りにどれほどの迷惑がかかるかは、わからない。
もしかしたら、冷たい目で見られるようなことがあるかもしれない。
……だけど、それでも。
それでも、どうしても私にはそれ以外の方法なんて考えられなかった。
せっかく授かった命。
ましてや、私と綜の、双子の赤ちゃんだよ?
こんなこと、きっともう二度とないと思う。
そう考えたら、簡単に『産まない』選択なんてできなかった。
「佐伯優菜さまー」
「……あ。はいっ」
会計待ちをしているところで、ようやく名前を呼ばれた。
なんか、久しぶりよね。
こうやって、病院で清算をするなんて。
思わず幾らかかるのかドキドキしながらお財布を両手で握り締めると、にっこり笑ったかわいいお姉さんが、1枚の紙を差し出した。
「本日のお会計、13700円になります」
「ぶっ!! いっ、いち……ま……ん……!?」
額を聞いた瞬間、情けない声で本音をぶちまける。
……いや、いやあのね。フツーにびっくりするわよ?
これまで、どんな病院で診てもらっても――ってまぁ、大抵は彩ちゃんにしか診てもらったことないんだけど。
でも、だって1万円どころか、五千円だってそうそう越すことなかったのに。
「……高ぁ……」
痛い出費ながらも、払わず出るわけにはいかない。
とほほと心で泣いて諭吉と4人の英世を差し出すと、お姉さんはにっこり笑って彼らを収容した。
ちなみに、彩ちゃんにこのことを話したら、妊娠は病気じゃないから、保険が利かなくて全部自費なんだって教えてもらった。
だから、たとえ彩ちゃんに診てもらったところで、額は同じなんだとも。
ドラマでも漫画でもない、現実の世界。
この世界で妊婦さんになることは、予想以上に大変らしいと改めて思い知った。
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