「……お前はいつになっても変わらないな」
「むっ!」
さらりと聞こえた小さな声で、睨みをきかせつつそちらを見るも、綜はまったく私なんて見ないまま箸を動かした。
「細かいことを、イチイチとうるさい」
「……くっ」
黙って食えないのか?
まるで、そう言いたげな視線をびしっと向けられ、一瞬言葉に詰まる。
こ……このぉう。
あいっかわらず、私には容赦なんて言葉ないんだから。
それにしたって、もう少し言い方があると思わない?
なんか、ホントにヘコむんだけど。
外ではそれこそ『いい旦那さんねー。優しそうだしー』なんて平気で言われる彼だけど、ところがどっこい家庭内では正反対よ。
むしろ、子どもたちだって戸惑ってるんじゃないのかしら。
外ではにこにこなのに、家の中ではこんなブスクレオトコなんだもん。
ってまぁ、こういう顔見せるのは、私にだけなんだけどさ。
「あら。そういう言い方ないんじゃないの? パパ」
「俺はいつお前の父親になった」
「っ……そういう意味じゃないわよ!」
まただ。
いったい、何度言われただろう。
……いや。
むしろ、彼はいったい何度同じことを口にするんだろう。
そりゃ、私だってわかってるわよ、そんなことくらい!
一度言われれば、覚えるし!
だけど、今の私は『ママ』なのよ?
だからこそ、彼は『パパ』に違いないじゃない。
子どもを主に考えての発言でありつつまぁ、ちょっぴしの嫌味もあるけど。
でも、そんな程度のことなんだから、何もイチイチ突っかかってこなくたっていいじゃない?
「ちょっと。あのねぇ? 何もそういう言い方――」
「天音は、真似しないで大人しく食べるんだぞ?」
「うんっ」
ちょーん。
「な……なっ……!?」
にこにこと笑いながらうなずいたのは、愛娘。
え? え!?
いやいやいや、ちょ、ちょっと待ってよ!
えぇ!?
あなた、いつからパパの味方になったの!?
「あーちゃん!?」
「なぁに? ママ」
ガタンっと音を立てて席から立ち上がり、身を乗り出して彼女を見つめる。
だけど、きょとんとした顔のままハンバーグをもりもり食べるだけ。
そんな……そんなぁああ!
「うぅ……あーちゃんまでパパの味方になっちゃったらママ、ひとりになっちゃう……」
「えー? そんなことないよ? あーちゃんも、カンくんも、パパもいるよ?」
「いや……あの……まぁ、うん。そうなんだけど……はい、ごめんなさい」
4歳児に真面目に返された……っ。
まぁ確かに、冗談言わないだろうけどさ。
でも、私のすぐ隣の彼はどうかしらね。
ヘタしたら、私の言葉の意図をしっかり理解した上で『そうだね』なんてひとことくれそうだけど。
「…………」
それにしても、ホントにいい性格してるわ、綜ってば。
結婚とか出産とかっていう人生での“転機”めいたことを経た今も、以前とは何も変わってない。
逆に私は、どっちかっていうとやっぱり、ものすっごく変わった気がするんだけど。
……フクザツ。
まぁ確かに?
綜が急に『愛してるよ、優菜』なんて満面の笑みとともにぎゅーしてちゅーくれるようになっても、それはそれでイヤなんだけどさ。
でも、だからってこんなにアッサリ薄塩味みたいな扱い方をされても、切ないというか……。
「……はぁ」
「ごちそーさまー。もう、おなかいっぱーい」
「へ?」
お茶碗のご飯粒を取ろうとお箸を動かしたら、ガタンという音とともに目の前のお子が消え失せた。
我が家は、ダイニングテーブルで夕飯を食べている。
少し背の高いテーブルだから、背がほどよく低い彼女はすっぽり隠れてしまう……ってそうじゃなくて。
「こら、あーちゃん!」
「なーにー?」
テレビのチャンネルを変えた彼女に、ご飯が半分も残っているお茶碗を掲げて眉を寄せてやる。
だけど、すでに始まっていたアニメを見ているからか、ひらひらと手を振った上で『あーちゃん、おなかいっぱいっていったでしょ?』とあっち向いたままで言われた。
「な……っ」
唖然とは、まさにこのこと。
少し前までは、『うん、ママ。わかったよぉ』ってすぐに言うことを聞いてくれたのに、今じゃ無視よ? 無視!
まるで、我が家の仏頂面ーズの淡々とした一部分が彼女にまで広がったかのよう。
「もー、あーちゃん!」
「またあとでねー」
「あとで、じゃないわよっ!」
いったい、どこでそんな口調を覚えてくるの!
あぁ……やっぱり幼稚園か。
って、幼稚園なのか……!?
だけど、そんな私の心配をよそにというか、まったくの無関心を決め込んでいる半分から左側のテーブルふたりは、黙々と箸を動かしていた。
あーもー。ホント、イヤってほど……っていうか、これでもかっ! ってくらい、そっくりよね。このふたりって。
食べ方とか、顔立ちとか、髪の質感とか、んもーーとにかく全部と言ってもいい。
瓜ふたつよ、まさにソレ。
あーあ。
話に聞いてた男の子ってのは、女の子よりもママに甘えてくるって話だったんだけどなぁ。
我が家じゃもう、娘はおろか、この息子ですら寄り付いてくれなさそうだ。
「……切ないっ」
「ごちそうさま」
「あ。はーい」
ご丁寧に両手を合わせたカン君は、颯爽とした身のこなしで、ご飯茶碗とお皿とお箸を揃えて持つと、キッチンへ運んでいった。
そんな、彼のランチョンマットの上には、食べこぼしの跡なんて一切なく、あーちゃんが座っていた席とはまさに雲泥の差。
恐るべし、我が家の4歳児の弟君。
アニメを見てけらけら笑っている姉には目もくれず、ソファに座りながらまたもヴァイオリンを磨き始めたカン君の横顔を見つめながら、なんとも言えない切なさが胸一杯に広がった。
双子なのに、こうも違うとは。
やっぱり、綜と宗ちゃんみたいな一卵性じゃない限りは、フツーのお姉ちゃんと弟くらいの差があるんだなぁと改めて思った。
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