「…………」
「あーちゃんママ、大丈夫……?」
「……平気」
 ようやく終わった、保護者会。
 やっぱり今回も、前回と同じように保護者への注意を呼びかけるモノが大半の時間を占めていた。
 ……だけど今回ばかりは、私にとってものすごくキツい時間だったと言ってもいい。
 私の目の前と横の席にいた彼女たちにも伝わったらしく、心配そうに顔をのぞきこまれる。
「なんなのよ……」
 正直、これまで人に後ろ指さされるような生き方なんてしてきてない。
 ……なのに。それなのに、よ?
 どうして大人になった今、しかも、同じ幼稚園に通う親同士の今、されなければいけないのか。
 ぶつぶつぶつぶつ。
 けらけらけらけら。
 あーーもう、ホントにうるさかった。
 自分がイライラしてるのもわかるし、本音を言えばお腹の中はもっとすごい。
 よくぞ、この50分近くもの間、黙って聞き耐えていたと思うわ。
 もしもこういう場所じゃなかったら、間違いなく振り返って文句言ってると思うから。
「……もーやだ」
 多くの保護者が自分の子の教室を目指す今、変わらず席についているのは私たちだけ。
 今ごろ、各教室前は我が子の姿を今か今かと待ち望んでいる親御さんたちでごった返してるんだろうな。
 大して広くない廊下だからこそ、きっと、ほかの教室の前を通り抜けるのもやっとだと思う。

 ねぇねぇ、あそこの人って……やっぱそうだよね?
 そうそう! ほら、この前タロウ君のママが言ってた……。
 すっごーい。なんかさぁ、オーラが違うっていうかー。
 ってことは、あれ? 隣の人って、奥さんてこと?
 え? そうじゃないの? んー……なんか、アレだね。普通? みたいな。
 えー? わかんないよ? もしかしたら、プロのピアニストとかかも。
 あ、やっぱそうかな。でも、噂って聞かないよね? 旦那さんばっかりで。
 そうだねー。じゃ、やっぱり奥さんは普通の人なのかな。
 かもねー。

 ぼそぼそべちゃべちゃと、それこそもう園長先生の話なんて聞かずにずーーっと喋ってたんじゃないだろうか。
 ようやく話が終わったと思ったら、次に始まったのはヨソのお母さんの悪口で。
 ……ホント、そんな話するなら園長先生の話聞きなさいよって思うんだけど。
 そもそも、『人が話してるときは黙って聞く』ってこと、教わらなかったのかしら。
 さっきも園長先生が言ってたけど、『子どもたちのほうがよっぽど聞きわけがいいです』って感じよね。
 静かにって言えば、静かになるし。
 一方の親たちは何度言われても、お喋りが止まることはなかった。
 いい大人なのに。
 ウチはウチ、ヨソはヨソって基本のはずなのに、なんで、ああも人の家の噂話をするのが好きな人って多いんだろう。
 自分の家の旦那さんと、ほかの家の旦那さん。
 自分の子どもと、ヨソの子ども。
 それを比べて、何になるんだろう。
 職業や人の優劣なんて最初からないんだし、ましてや、人間は見た目なんかで決まるはずなんてもちろんない。
 だけど、親たちがそういう些細な面で『差別』を繰り返している限り、子どもだっていろんな面で比較するのに。
「…………」
 さっきまで散々私をネタにしていた親たちは、もう後ろにいない。
 だけど、なんだかいたたまれなくて……ちょっとだけ、悔しくて。
 こんなふうに今になって思うなら、なんであのとき行動に出なかったのか。
 そう思っていたら、相変わらず拳を握り締めていた。
 ……悔しい。
 だけど、今になってそう強く思っている自分もなんだかズルいような気がして、悔しかった。
「かわいそうよね」
「え……?」
「人と比較することでしか、安心できない人たちは」
 ぎゅうっと握り締めていた拳を見たからか、はたまた彼女なりの考えがあってか。
 その真意はわからないけれど、妃稀ママが凛とした声をあげた。
「人と比較して、自分が優位なら安心する。それこそ、他人の不幸はってのと同じレベルね。それがそもそも下らないってことに、どうして気付かないのかしら」
「…………」
「…………」
 はっとした、って言うのもある。
 だけど、それ以前に。

「かっこいい……!!」

「……へ?」
 くわっと目を見張り、彼女の手を両手で握り締めていた。
「いや、だって……だって! どうしよ! すごいカッコイイよー!!」
「えぇえ……? いや、ちょっ……え? そう?」
「そうでしょ!! ってかもー…………ほんっとに、ありがとう!」
「あ……いや、あの。こっちこそありがと」
 ぶんぶんと握り締めた手を振りながら、彼女にきらきらとした眼差しをあますことなく向けておく。
 まさか、これほど粋な女性だったなんて。
 そりゃまぁ、いつだって颯爽としていて、雰囲気もそれこそ竹をすぱーんと割ったような感じだったけど。
 だけど、まさかこの場で『そうそう、まさにそれ!』って感じの、パーフェクトなまでに私の言いたかったことを言ってくれるなんて、思わなかったわけで。
「ありがとう、ありがとう妃稀ちゃんママ……!」
「あー……うん。そお? なんか、よくわかんないけど」
「いいのっ! いいのよ、気持ちの問題だから!」
 ちょっぴり照れたような顔をした彼女に、満面の笑みのままでしっかりうなずく。
 ありがとう、ありがとうステキなママ!
 そして、どうぞこれからもヨロシク!
 なんて、胸の中で強く思った。


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