「買い物、付き合ってくださってありがとうございます」
「いや、別に。そんな感謝されるほどのモンじゃねーよ」
 ほどなくして、葉山らしいセリフが聞こえた。
 ま、俺も楽しかったし。
 普段はなかなかない、教え子のコラボも見れたしな。
「鷹塚先生は、買い物とかいいんですか?」
「あー、いいよ。ちょっと服でも見るかって思ってたくらいだし」
「えっ。お付き合いさせてください」
「いいのか? つまんねーぞ?」
「そんなことないです!」
 と言いながらも、そう言われたら悪い気はしない。
 つい、足はいつも買う店のほうへ。
「……鷹塚先生と一緒に居るの、楽しくて好きです」
 隣に並んだ葉山が、俺を見上げて微笑んだ。
「………………」
「……え、と……っわ!」
「かわいいこと言うよなーホント。お前だけだよ、そーやって言ってくれんの」
「そんなことっ……!」
「いやいや、マジで」
 その顔を見て、思わず『はー』とため息をつきながら、首に腕をかけて引き寄せる。
 なんでこんなに優しいこと言ってくれんだろ。
 やっぱ、俺を甘やかしすぎだ。お前は。
「っし。んじゃ、葉山に見立ててもらうか」
「え! あの、そんな……私、センスは……」
「大丈夫だって。いつもちゃんとキレイなカッコしてんだろ? 自信もて」
 な、と顔を覗き込むようにして笑うと、ほんのりと頬を染めて照れくさそうな顔を見せた。
 ……その顔、色っぽいっつーかなんか、エロい。
 とか言ったら怒られそうだが、素で思う。
「俺さ、私服ってほっとんど買ってなくて。ヘタしたら、ジャージのほうが多いかも」
「それは、職業柄仕方ないと思いますよ? 私服で行けない場所ですし」
「まぁそうなんだけどな。だからさ、持ってる服ってなんか黒ばっかで」
 実際、今着てるのもジーパンに黒地のストライプのカットソー。
 昔はそれでもいいかと思ったんだが、さすがに黒ばっかだとな。
 この間、平日の飲み会で着替えたとき、引き出しが黒一色で『げ』と思った。
 葉山が言う、いわゆる『気付き』ってヤツだ。
「でも……今日の鷹塚先生も、かっこいいですよ?」
「………………」
「……え、っと……」
「葉山ぁー」
「っひゃ……!」
「お前、そんなかわいいこと言うなよー」
「え、え、でもっ! あの、その……っ」
 首にかけていた腕に力を込め、さらに顔を近づける。
 甘いのか、優しいのか。
 ……ま、どっちもだな。
 コイツが、俺のすべてを受け入れてくれるような態度でいてくれる理由は。
「持って帰っちまうぞ」
「っ……」
「……とか言いたくなるから、ンな顔すんな」
「…………は、い」
 ぼそり、と耳元で呟いた言葉。
 途端、葉山が身体を強張らせたのがわかった。
 冗談も冗談、当然本気で言ったりしない……というか、言ってはいけない言葉。
 だが、素直な彼女はそのセリフでさえも本気で受け止めた。
「さて。んじゃ、葉山のセンスを信じて。頼むな」
「お役に立てれば嬉しいですけれど……」
「だいじょぶだって。お前なら」
 ぱっと無理矢理引き寄せていた腕を離して葉山を解放し、普段行くことの多い服屋の前で足を止める。
 いかにも、ってくらいのメンズ店。
 華やかな色が並ぶレディスの服屋とは違い、やはり目立つのは黒系の色。
 ……こういうモンなのか。
 そうか。そうだよな。
 じゃ、俺が黒メインで持ってるのも仕方ない。
「……お」
 白字でロゴが入っている、カットソー。
 だが、目を惹いたのはやっぱり黒で。
 ……黒か。
 手に取ると、デザインは悪くないが、黒という色のせいか眉が寄る。
 いつもなら、恐らくは間違いなく買ってたであろう服。
 だが、今日はあらかじめ『黒じゃない色を買う』と決めていたので、そこで手が止まった。
「鷹塚先生のほうが、センスいいですよ?」
 やっぱり、と口にした葉山が隣でうなずく。
「……いや、でもなー。黒なんだよな、コレも」
 仕方がないのか。やはり。
 俺が選ぶって時点でこうなることはおおよそ予想が付いていたんだが、やっぱり、と若干切なくもなる。  ほかにも、白とか青とかあるんだけどな。
 なんで、黒にばかり目が行くのか。
 まぁ確かに、無難な色っちゃ無難な色なんだが。
「黒はダメなんですか?」
「いや、ほら。俺黒ばっかだ、つったろ? だから、せめて今日買うのは違う色の服にしたかったんだけど」
 ぱちぱちとまばたきした彼女に苦笑すると、同じ場所に並んでいたほかのカットソーに目を移した。
 その様子を見て、手にした服を簡単に畳んで元の場所へ戻す。
 ……こーゆーヤツ、店員はさすがって位上手く畳むよな。
 ああいうのは、やっぱり現場の技術ってヤツか。
 なんてことが、ふと頭に浮かぶ。
「白とか……は、どうです?」
「白? あー……白か」
 そういえば、なぜか逆の色ってあんま持ってないんだよな。
 白。
 車は白を好んで買ったクセに、服は黒ばっか。
 ……あ、そゆことか? もしかして。
 車が白だから、黒を選んだのかもしれない。無意識の内に。
 だとしたら、俺ってすげー単純だな。
 ものすごく。
「……なるほど」
 目の前で広げ、デザインを見る。
 先ほどの黒のカットソーとデザインはほぼ同じ。
 違う点は、ロゴが若干小さいか? ってくらい。
「……白か。そうだな、悪くない」
「ホントですか?」
「ああ。……あー、なるほど。白ね。俺、なんで考えなかったのかな」
 自分でも不思議だが、普段白の服には目もくれなかった。
 こうして実際見てみると、決して悪い色じゃもちろんないし、自分がそこまで選ばない色でもないはずなのに。
 人に提示してもらって初めて気付いた、的な。
 そんな自分に、少し驚く。
「……そっか。コレなら、上着黒でもおかしくないよな」
「だと思います」
「…………ふぅん」
 バックプリントを見ると、一面ロゴではなく、縦に一列だけ入っているモノだった。
 ……十分。
 つか、元々正面だろうとなんだろうとロゴ一面てのは嫌なので、無論確認は怠らない。
 一度、正面だけのデザインで気に入って買ったら、いざ着ようとしてバックプリントに龍と何かが描かれてたのに気付き、思わず『うわ』と言った経験があった。
 俺が着ちゃったら、間違いなくあっち系の人だろ。
 うっかり同僚や保護者に見られた日には、翌日大変な噂で埋め尽くされていたに違いない。
「よし。白で」
「っ……いいんですか?」
「ああ」
 驚いたように目を丸くした葉山へ、笑ってうなずく。
 簡単に畳むというよりは、半分に折って腕にかけたままレジへ。
「サンキュ。……これも、“気付き”か?」
 葉山を伴ってレジへ向かうと、目が合ってすぐ小さく笑った。
「かもしれないです」
 モノの見方を変えること。視点を切り替えてあげること。
 それを教えるのが、葉山の仕事か。
 ……なるほどね。
 凝り固まってると、なかなかわかんないモノなんだな。
 すげぇ単純で簡単なようなのに。
 それもまぁ、気付いたから言えるってのは大いにあるが。


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