「葉山。午後の予定は?」
「あ、いえ。何もないです」
「そうか?」
「はい」
ショップの袋を受け取ってから通路に戻り、当てもなくふらりと足を向けるのは食い物屋が並ぶ通り。
がっつり食えるモノから、お手軽なファストフードまで。
中には、もちろんカフェもある。
……カフェか。
まず俺がひとりで入ることのない店だ。
チェーンのメシ屋は当然のように入れるが、ひとりでコーヒーってのがな。
だったら、専門店でテイクアウトする。俺なら。
まったりその場でくつろぎながら飲むってのは、考えにも浮かばない。
「平気か? 俺なんかとツルんでて。何か予定とかあったら、全然構わねーぞ」
「あ、いえ。……むしろ、私よりも鷹塚先生のほうが……」
「俺? 俺はないって。何も。ぶらぶら?」
そもそもの目的は、そう。単なる暇潰しとも言える。
遅めに起きてメシも食わずにぶらりと来た、ここ。
そりゃま服を買うって目的があったっちゃ、あったけど。
「……さて。んじゃどーする? このあと」
「え?」
「んー……」
これと言って目的はない。
だが、目的がない同士ぶらぶらするってのもひとつの手。
……つか、ホントにいいのか? お前暇なのか? 平気なのか?
腕を組んだままそんなことを考えながらまじまじ葉山を見つめていたら、まばたきしてから困ったように苦笑を見せた。
「……映画」
「はい?」
「映画、見てもいーか?」
葉山を見たまま、ぽつりと漏れた言葉。
ふと、昨日の夜テレビでやってた洋画のCMが頭に浮かんだせいだ。
「ちょっと前にやった『インバース』ってアクション映画の続編を今やってんだけど。それ、しばらく前から見に行きたかったんだけど、結局行ってねーんだよ」
内容は、なんてことないありふれたモノ。
元スパイだった主人公が、幸せになるために過去を偽って結婚するってヤツ。
だが、結局は昔の宿敵に全部バラされ、結婚どころか相手を危険に巻き込んでしまうという話。
……の、続編。
前回は結局、元の結婚相手とは違う立場のねーちゃんとくっ付いて……なんて所で終わったんだが、どうやら今回は内容がガラリと変わるらしい。
つか、その主人公は出てこない。
『2』を謳ってる割にはまったく話が繋がっていないので、まぁ、続編というよりはその名前を冠った新しい映画ってヤツなんだけど。
別に話が特別面白かったとかってワケじゃないんだが、CG全盛のこの時代に敢えてCGを使わずに派手なアクションで作り上げたってのが面白かったし、ついでに言うとカーチェイスが見たかったってのもあったりして。
なかなか日本じゃねーだろ?
レクサスとベンツと、なぜかGT−Rのアクションってのは。
「つか、ほんっとにいいのか? 俺、すげー暇人だぞ? 今日。別にこれっつーやりたいこともねーんだぞ? ふらふらすんだけだぞ?」
「それは別に……構いません、というか……はい」
一緒に居ると楽しいですから。
そう言ってもらえたさっきのセリフが頭に響くが、さすがにどーなんだと思ったワケで。
連れまわすのもかわいそうだろ? 一緒に何かしなきゃいけないことがあるワケじゃないんだし。
「……いいんだな?」
「はい」
「あとで泣くなよ?」
「泣きません」
「文句も言うなよ? 言うなら今のうちだからな?」
「あはは、大丈夫です」
くす、と笑った彼女がおかしそうにうなずいた。
それを見て、こっちも笑みが浮かぶ。
「……っし。んじゃ、見に行くか」
「はい」
「今回の目玉は、プリウスらしいぞ」
「プリウスですか?」
「そ。プリウスが高速かっ飛ばすって」
「それはすごいですね」
「だよな。ある意味見てみたい」
行き先変更。モールの1番奥にある、映画館へくるりと方向を変える。
CMで見たワンシーンを口にすると、驚いた顔をしてからおかしそうに笑った。
ほどなくして着いた映画館は、土曜というのもあってか混雑していた。
薄暗い館内だからか、人の多さが圧迫感として伝わってくる。
映画の上映時間が映っているディスプレイを見ると、次の上映は30分後。
これから飲み物でも買ってしばらく話せば、ほどなくして始まる。
「あ。座ってていいぞ」
「でも……」
「文句言わない約束だったろ?」
「っ……それは……!」
「どれも同じ。文句なしって約束だからな」
混雑しているチケットカウンターに並び、空いていたソファを指して葉山を促がす。
当然見せたのは、不服そうなというよりも困ったような顔。
だが、最初からそうするのはわかっていたからこそ刺した、釘で。
それに、コイツが自分から見たいと言ったワケじゃない。
思いつきで言い出したのは、俺だ。
「あっ。じゃあ、飲み物何がいいですか?」
「ん? あー、んじゃアイスコーヒー」
「わかりました」
ぽん、と手を打った葉山に答えると、ほっとしたように嬉しそうな顔でここから離れた。
……まぁいいか。
余計な金を使わせるつもりはないししてほしくもないんだが、かえって奢られっぱなしってのも気を遣うだろう。
葉山だからこそ、特に。
なので、そこは敢えて甘えさせてもらうことにした。
「…………」
売店へ向かった後ろ姿を見ながら、思う。
……あー。
やっぱ、アイツは人目惹くよな。
当然だとは思うが、なんか、色が違って見える。
オーラとでも言うのか。
動くたび、ほんわりと周りが色づいているように見えて、薄暗い館内でも彼女の周りだけは明るく見えた。
俺の目がそう見えてるのか、はたまた本当にそうなのか……は、正直判断つかない。
だが、不思議なモノで惹きつける魅力があるのは確か。
アイスコーヒーを買って戻ってくる様子をまじまじ見つめていたら、目が合った途端にっこりと微笑まれた。
……かわいいよ、お前。
素直にそう思い、こちらにも笑みが浮かぶ。
「ミルクとガムシロ、一応貰ってきたんですけれど……」
「サンキュ」
どちらも断る理由はなく、受け取って普通に使う。
「……と」
みっつある窓口のひとつが空き、スタッフが手を挙げた。
そちらへ向かってからアイスコーヒーを置き、財布を取り出す。
「何名様ですか?」
「大人2名」
「どちらの作品ですか?」
「あー、『インバース』で」
画面に表示されている空席図から席を選び、精算。
そのときふと、金を払いながら思った。
……大人、か。
さらりと口にして受け取ったチケットだが、印字されている文字を見てなんとも言えない気分になった。
いつからアイツは大人になったんだ。
つい先日会うまでは、大人じゃなかった。
俺にとっては、教え子。
……そう。
子ども、だったのに。
「真ん中より少し上でもよかったか?」
「あ、はい。大丈夫です」
ひらり、と受け取ったチケットの1枚を彼女に渡すと、大切そうにそれと俺とを見比べながらうなずいた。
だが、隣に並んで歩き出してすぐ、不安げに俺を見上げる。
「……でも、本当に……」
「いーから、黙って奢られろって」
言わんとしたことがわかったので眉を寄せると、形イイ唇を結んでから、ふっと表情を変えた。
その瞬間をばっちり捉えてしまい、小さく喉が鳴る。
「ありがとうございます」
「……おー」
笑顔でそう言われながら、軽く下げられた頭。
さらりと流れた髪を見ながら、ついうっかり伸びた手を止められずいつもと同じようにぽんぽんと躊躇なく触れた自分に、今さらながら少し違和感を覚えた。
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