「……嘘を。ずっと、嘘ばかりついていました」
嘲るようにではなく、どちらかというとやはり申し訳なさそうな顔での呟き。
……嘘、か。
昔の葉山からは、まず1番考えられないことだ。
少なくとも俺が気づくような嘘をついたことなんてなかったし、普段から正義感に溢れる言動ばかりだったから逆なんてありえなかった。
そんな彼女が立て続けにした、『嘘』の告白。
そこまでコイツを追い詰めたのは――……俺。
だが、理由が聞きたい。
そう思うのは、ワガママゆえか。
「…………前髪、おろしてるんですね」
「……あぁ、コレか」
しばらく間をおいて、彼女が俺を見上げた。
目を合わせて微笑まれ、いつもと違って視界を微妙に遮る前髪を払う。
そういや、この頭で会うのは初か。
……まぁもしかしなくても風呂のあとに会う機会なんて皆無だったんだから、当然っちゃ当然だが。
「こうしてンと、新任に間違われんだよな。出張行ったときとか、クレーム食ってるとき。大概言われるセリフは『お前みてぇな若いヤツじゃなくて、もっと上のヤツを出せ』、だ」
いかにも大学出たてみたいに言われると、さすがにもう嬉しくもない。
何年教員してンと思ってんだとか突っ込みたくはなるが、そこは大人の対応。
……ま、わかっちゃいるんだが。
クレームつきつけてくる親にかぎって、校長や教頭出せって言うんだよな。割とすぐ。
担任じゃ話になんねぇ。教頭を出せ。校長を出せ。教育委員会にいくぞ。
それがお決まりのパターン。
残念ながら、恐らくそれなりの年数教員をやってる人間ならば、教育委員会には知り合いが間違いなくいる。
当然だ。世間じゃ知られてないのかもしれないが、あそこは教員の出向先。
……って、別に悪く言ってるつもりはまったくないんだが。
俺だってそれなりの年になったら、飛ばされるかもしれない場所なんだし。
あそこはあそこで……いや、かなり大変な場所だ。
ヘタしたら現場よりキツいかもしれない。
教員OBがおエラいさんになってたりすると、ストレスがハンパないとか聞くし。
…………と話が逸れた。
「ま、俺を知らない人間は見た目で判断するし、しょうがねぇんだけど。だからまぁその対処として、髪上げてんだよ。間違われねぇように」
いつごろから意識して前髪を上げるようになったのかは、正直覚えていない。
それくらい昔ってことか。
……それでも、最初からそうしてたワケじゃないのは覚えてる。
少なくとも葉山が知っている俺は、今みたいに前髪を下ろして毎日“先生”をしていた。
「昔はこうだったんだよな。……お前を受け持っていたときの俺は」
「そうですね」
まっすぐ見つめ、はらりと落ちた長い前髪を指先で上げる。
うなずいた彼女は、どこか懐かしげに……そして、嬉しそうに笑った。
その顔が素直にかわいいと思えて、つい口元が緩む。
……だが、予想外のセリフに目が丸くなった。
「あのころ……先生は、いつも優しく笑ってましたよね」
「……俺が?」
「はい。男の子たちが『先生みたいな髪型にしたい』って言うと、嬉しそうに笑いながら『そうしろ』って。カッコイイ、と言えば自慢げに胸を張ってみせてくれて……まあな、って。お前たちの担任だからな、って」
「……そんなことあったか?」
「ありましたよ。……いつも、いつだって……どんなときだって、鷹塚先生はカッコよくて……大好きでした」
「っ……」
ぽつり。
大事そうに最後の言葉を呟いた葉山が、唇をわずかに噛んだ。
その表情がやけに目につき、喉が動く。
もしかしたら――……予感したせいかもしれない。
この先、彼女が何を言うかを。
「……だった、じゃないです」
独りごとの否定。
かと思いきや、顔を上げた彼女が思いつめたような表情で唇を開いた。
「……好き、なんです」
「っ……」
「どうしても、鷹塚先生が好きなんです」
まっすぐ目を見ての、告白。
……2度目、か。
俺にこうして気持ちを告げてくれるのは、これが2度目。
同じ人間に2度も告白してもらえるとはな。
間違いなく、俺は相当な果報者だろう。
「いけないって、わかってました。でも……どうしても諦められません。嫌いになんてなれません。ずっと、好きなんです」
「…………」
「ごめんなさい……あのとき、謝ったのに……。でも……っ……でもやっぱり、気持ちに嘘はつけません」
「……じゃあ、お前が俺についた嘘はなんだ?」
「っ……」
「髪型が嘘だった。それはわかった。じゃあほかは? ……ひょっとして彼氏も嘘、か?」
「……はい」
いつの間にそうしたのか、つい腕を組んで彼女を見つめていた。
……説教かよ。
自分につっこみを入れ、ため息とともに腕を解く。
だが、彼女の視線は落ちてしまって上がりそうになかった。
「…………」
ため息が漏れたが、それはどんな思いからだったのか。
正直、自分でもよくわからない。
「報われたいなんて思っていません。このままそばにいられるならば、それだけで幸せです」
「関係を変えたいから、こうやって俺に切り出したんじゃないのか?」
「……それは……」
「そもそも、なんで今になって嘘ついてたことを正直に言う気になったんだ? バレない嘘だったんだろ? つーか、お前がぶっちゃけなかったら俺は何ひとつ気づかなかった」
彼女が嘘をついていたことなど、微塵もわからなかった。
彼氏がいたことも、髪を切ったことも、何もかも。
…………が、ここで気づいたことがある。
そういえば『彼氏』についてだけは、直接葉山から聞いたワケじゃないということだ。
「…………」
恐らく、俺があの夜バッティングセンターにいたことを彼女は知らないだろう。
だから、あのときそばにいた男が親しげに彼女を抱きよせ、頬へキスしたのを見て、勝手に俺が彼氏だと思い込んだだけ。
それらしいヤツを指導教室で見たときに、判断したのもそう。
……彼氏はいなかった、か。
冷静になれば、なるほどと思うこともある。
だが、嘘をつく理由がわからない。
俺を好きでいてくれた。
だからといって、それが嘘をつく理由には決してなりえない。
……そこにはいったい、どんな理由があった?
「そもそも、お前が嘘をつこうとした理由はなんだ?」
「…………」
言いかけた言葉を飲み込むように唇を結んだ彼女が、視線を合わせながら背を伸ばした。
しゃんとした姿勢。
その姿は、最初、部屋へ来たときの彼女と同じ。
『話したいことがあります』と俺に告げた、あのときと同じ姿だった。
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