今日は火曜日。
 だからこそ、学校に葉山が来る日じゃない――……のだが、今日は一緒にメシを食うと約束をしていた。
 俺にとってそれは、大きな強み。
 だから、昼休みに席を外して彼女へ電話をかけた。
 今日、葉山は市の指導教室で勤務がある日。
 そこでの日程表は職員室にあった指導教室の要覧でチェック済みなので、一応は午後1時まで昼休みのはず。
 だが、俺とて昼休みが完全にフリーな休みかと聞かれれば当然答えはNOなので、彼女の場合も休みではないかもしれないなとは思ったのだが、数回のコールのあと聞きなれた柔らかい声が聞こえた。
 そのときまではもちろん、今日のメシはどこかで食べるつもりだった。
 いつも自分が決めてしまうので、そうしないように今日は彼女の行きたい店とかおすすめを聞きたい、とも。
 ……が。
 そういえば……と思いついてしまったことを、気づいたときにはすんなり口へ出していた。
 どんだけだ、俺。
 あからさまじゃねーか。間違いなく。
 ……とは思うものの、1番手っ取り早く1番確かな方法。

「ウチでメシ食わねーか?」

 コレならば、間違いなくふたりきりになれる。
 だが、ウチでメシを……といっても、俺は料理ができるワケじゃない。
 イコール、招いたとしてももてなせないってこと。
 ……だが、意外なことはまだ続く。
 それを聞いた葉山が、それじゃあ自分が作ります、と言ってくれたのだ。
 その申し出をハナから期待してたワケじゃなかったのだが、彼女の提案を断る理由は皆無。
 頼む、とひとこと添えて了承の返事をした途端、彼女は嬉しそうに応えた。
 電話越しだからこそ、表情を直接見ることはできない。
 ……だが、目には浮かぶ。
 普段彼女と接しているからこその、あの、笑みが。
「っ……」
 じゃあそういうことで、と電話を切ろうとした――……そのとき、ふと保健室のほうからデカいバッグを持った小枝ちゃんが見えた。
 どこからどう見ても、アレは帰り支度。
 ……だが、そんな話は聞いてない。
 今日聞いてるのは、教育委員会で午後2時半から養護教諭とスクールカウンセラーの連絡会があるってのだけ。
 …………連絡会。
 しかも、教育委員会で。
 その場所は――……そう。
 今、俺が電話をしている相手が仕事してるのと、ほぼ同じ場所。
「葉山、お前に頼みがある」
 職員玄関へまっすぐ行ってしまうことなく、1度職員室へ小枝ちゃんが入ったのを見て、葉山に付け足す。
 今、思いついてしまった“ひらめき”というよりは、単なる俺の我侭にすぎない提案を。

「ウチでメシ作って、待っててくんねーか?」

 彼女の勤務時間は、通常16時までだと聞いている。
 今日、メシを作ってくれると言った葉山。
 だからこそ、先に仕込んでおいたほうがラクなんじゃないか……と、そう思ったのだ。
 ……まぁ、どちらかというともうひとつの理由のほうが、デカいっちゃデカいんだが。
 俺は合鍵を作らない主義。
 だから、手元にあるのはマスターキー1本だけ。
 …………それでも。
 葉山になら、ソレを託すことも躊躇しない。
 真面目で素直で、何より――……堕とそうとしてる相手、だから。
 鍵の重みは、恐らく俺なんかよりも彼女のほうがわかるんじゃないか?
 勝手にそう読み、勝手にそれを実行したいと思った。
 ……どうしても。
 手に入れるためなら、なんでもすると決めた。
 だから、利用できるモノはなんでも利用する。
 たとえ――……それが、罵られるような相手であっても。
 ……そう。
 相手がたとえ、若干不機嫌そうな小枝ちゃんであろうとも。
 電話を切り、あとを追うように小走りで駆け寄る。
 すると、その音に気づいたらしい彼女が、やっぱり不機嫌そうな顔で俺を振り返った。


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