宴会という名のどんちゃん騒ぎにも似た飲み会は、それからしばらくの間続いた。
 食事は誰もが期待していたように海鮮モノがふんだんで、非常にうまかった。
 伊勢海老、生マグロ、イカとあわびの刺身、茶わん蒸し、伊勢エビの味噌汁。
 さらに、足柄牛のステーキと揚げたての天ぷら、茶そばまで運ばれてきて、かなりがっつり食える料理だった。
 選べる酒も、種類豊富。
 お陰で、前々から飲みたかった日本酒の銘柄がずらりと並んでおり、俺にとってはこの上ないイイ宿屋だとインプットされた。
「はー、お腹いっぱいになってきたわ。さすがに」
「お料理、本当に豪華ですよね」
 小枝ちゃんの場合は、単なる飲みすぎじゃねーの?
 とは思ったが、さすがに言わないでおく。
 ちょこちょこと手をつけただけの膳と、ほとんど……どころかほぼ完食されている膳。
 どちらが見て気持ちいいかといわれれば、結果は明らか。
 相変わらずキレイに食うよな、葉山は。
「…………」
 今回は俺も見習わなければならないかもしれない。
 うまい酒にばかり手が伸びて、膳の1/4が残った。
「それじゃ瑞穂ちゃん、そろそろ温泉いかない?」
「いいですね。なんか、ここの温泉は弱アルカリの炭酸泉でお肌にいいって書いてありましたよ」
「へぇー。それ聞いたら、なおさら早く行きたいわー」
 宴会もだいぶお開きモード。
 ほとんどの人間は食い終えているか、飲みに転じているかの2パターン。
 予定としては2時間なので、そろそろ終了の声もかかるだろう。
 見ると、数人はすでに席を外していた。
 ……まぁ、そうだろうな。
 別に、時間いっぱいまでここでダベってる必要はないんだし。
「それじゃ、そろそろ引き上げましょっか」
「あ、平気……なんですか?」
「だいじょぶよ。こんなトコでだらだらしてないで、温泉温泉っ」
 最後のシメに出された湘南ゴールドのシャーベットを食べていた葉山が、小枝ちゃんに腕を取られて慌てた。
 その様子に、ついため息を吐いてから助け舟。
「そんなに行きたかったら、先行ってていいぞ。あとで送ってやるから」
「あら何よ。別に鷹塚君には聞いてないんだけど?」
「どーしても行きたいんだろ? 温泉。だったら、先に小川先生とふたりで行けばいいじゃねーか」
「やぁね。別にそういう意味で言ったんじゃないんだけど」
「あ、そ。俺としては、大人の事情は考慮してやってもいいけど?」
「…………」
 冗談半分のつもりだったのだが、いきなり真顔で見つめられ、こっちも口を結ぶ。
 ……そこで黙るのか。
 あー、考えてる考えてる。
 眉を寄せて宙に視線をやったのをみて、内心やれやれとため息が漏れた。
「いや、いいわよ別に。ていうか、鷹塚君と一緒にさせるのが1番危ないし」
「その発言は失礼だぞ。ある意味セクハラ」
「違うでしょ! ったくもー。どっちがセクハラよ、どっちが。瑞穂ちゃんを『俺が』とか言ってる時点で、そっちのほうがよっぽどセクハラじゃない!」
 はっ、と気づいたっぽい小枝ちゃんが、首を振って立ち上がった。
 そのまま葉山の腕を取り、にまっと笑う。
 ……その顔、性格出すぎだろ。
 うっかり噴き出すところだった。
「んじゃ、好きにしてくれ」
「そーするわよ」
 肩をすくめて立ち上がり、ふたり……いや、小川先生も含めれば3人か。
 その後ろを通って出入り口に向かい、スリッパを引っかけるように履いて廊下を進む。
 そのとき、小枝ちゃんが葉山に対して『アレ。そろそろおしまいにしていいからね』と何やらまた妙なことを口走っていたが、葉山も葉山で『いいんですか?』なんて驚いた声をあげていた。
 ……どーゆー関係だお前らは。
 そうつっこみたくなるが、もちろんやらない。
 つっこんだところで、どうせ『盗み聞きなんて趣味悪いわよ』だのなんだの言われて終わるに決まってる。
 海が見える大浴場とやらがこの奥にあるらしいが、俺は今回はパス。
 何が悲しくて同僚と同じ風呂に入らなきゃなんねーんだ。
 ……こういうのは、男女差もあるかもな。
 みたところ、小枝ちゃんと葉山はきゃぴきゃぴしながら同じ風呂で楽しむ気らしいが、さすがに小川先生や花山なんかと一緒に入りたいとも思わない。
 そこに管理職がきてみろ。
 裸の職員室なんて、気色悪いどころの話じゃない。
 ……居心地悪すぎ。
 絶対嫌だ。
 だいたい、裸の付き合いともなればいろいろ……そう、いろいろあるワケだ。
 男にしかない、妙なプライドの張り合いとかなんかその辺も。
 せっかく貸切露天風呂があるんだし、時間さえ合えば俺はそっちを利用したい。
 風呂くらい、どうせ入るならひとりのんびり楽しむほうを選ぶ。
 ……と、チェックインと同時に申し込み済みなので、フロントで鍵をもらってから貸切露天へ向かうべくエレベーターへ。
 入った感じがよければ、明日の朝イチ分も申し込む予定。
 自宅で朝風呂なんかをするのは酔いつぶれた日の翌朝くらいなモンだが、源泉かけ流しの温泉となれば別。
 ここの温泉は肌だけじゃなく肩こりにも効くらしいので、俺はそっちの効能目的で温泉が楽しみでもあった。
「……久しぶりだな」
 温泉なんて。
 エレベーターに乗り込みながらそんな独りごとが漏れてしまい、誰も乗ってなくてよかったと本気で安堵した。


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