「ペンギンか……」
2階に戻って、ある意味メインとも呼べるアザラシやアシカ、そしてペンギンの水槽前。
そこはやっぱり混んでいて、人の壁ができていた。
……まぁ、見たい思いはわかるけどな。俺も。
ただ、そこまでしてペンギンを見て『うわ』とか『すげー』とかはしゃいじゃう年じゃない。もう。
それに、かなりの回数見てるし。
「……ん?」
「イワトビペンギン、でしたっけ。……あの、黄色い……」
「あー、アレな」
水槽を見てくすくす笑った葉山につられて足を止め、まじまじとガラス越しにペンギンを見る。
黄色い眉毛が印象的な、厳ついというか……ちょっとばかり目付きの悪いペンギン。
……俺っぽいよなー。
このペンギンコーナーの前を通るたびに子どもたちがそう言ってくるので、勝手に親近感が湧いている。
多分、金髪にして今と同じ髪型したら、さぞかし笑われるだろう。
……って、そんなにツンツンにしてねーけど。さすがにもう。
「……ん?」
「かわいいですよね」
「っ……」
まじまじと見られてる感じがして視線の元を辿ると、やっぱり葉山だった。
……だが、しかし。
じぃっと見つめられて数秒後、ふにゃんとしたかわいらしい顔で言われた決定的なひとことに、思わず固まる。
かわいい。
……え、何が。
もしかして俺?
いや、違うよな。
違うだろうけど……え、何。マジ? マジすか?
その目は――……。
「あのペンギン、鷹塚先生みたいで」
「…………」
「…………」
「……ペンギン?」
「はい。髪型とか……似ててかわいいです」
ふふ、と笑ってうなずかれ、若干ばくばくしてた鼓動が落ち着きを取り戻す。
……ペンギン、ね。
あーあー、なるほど。
俺じゃなくて、あっちね。
……あー、はい。了解っす。
「…………お前のほうが、よっぽどかわいいだろ」
「はい?」
「いや、なんでもない」
思わず口元に手を当て、そっぽを向きながら小さく小さく出てしまった独り言。
だが、それは彼女に拾われなかったようで、いつものように笑みを浮かべて聞き返された。
……あー、恥ずかしい。
これ以上恥ずかしいことって、そうねーぞ。多分。
思わず、深い深いため息が出る。
「ッ……!」
「……あ……っ! す、みません」
「平気か?」
「大丈夫、です」
ペンギンコーナーからテラスへ出た途端、強い海風で隣の葉山が思いきり持ってかれた。
どんだけ軽いんだお前は――……と思いながらも、この風なら納得。
俺でさえ、真正面から受けたら多分よろける。
「……ありがとうございます」
「っ……」
うっかり、だと思う。
いや、仕方がなかったと言うか……。
葉山が風でよろけたから、あぶねーなと思って咄嗟に出たんだよ。手が。
……それで、つい……そのまま引き寄せるように腕の中に入れて……だ。
だから、近いのは仕方ない。
仕方ないんだが……思わずこの距離で見た笑顔は、今までのどの笑顔とも違って見えた。
もしかしたら、この角度から見たことがなかったからかもしれない。
だが、素直に『あれ』って思った。
コイツ、こんなにかわいかったっけ……と。
…………。
いやいやいや、かわいかったろ。
つーか、しょっぱな見た瞬間俺の好みって思ったんだから。
見た目かわいいし、声もかわいいし、仕草もかわいい、っつー全部ツボ。
俺の好みど真ん中ストライクの存在だった。
『馬鹿かお前。今どき、いねーよ。そんな女』
誰に言っても否定された、人間。
俺の理想でしかない、ある意味想像上の生きもの。
それが今――……目の前に確かに存在している。
手を伸ばせば……どころか今現在ちゃっかり触ってしまっている。
これは、現実。
「……そういや、こないだはありがとな」
「え?」
「ケーキ。うまかったぞ」
腕を解くのも忘れ、そのまま彼女を腕の中に収めたまま小さく囁く。
すると、途端に心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……よかったです」
「店で買うケーキと同じ。スポンジだっけ? すげーしっとりしてて、うまかった。マジで」
「……そんな……褒めてくださって、ありがとうございます」
「いやいやいや。ありがと、は俺のセリフ」
コイツは、ただかわいいだけじゃない。
料理もうまくて、気立てもよくて、何よりも……かわいいんだよな。ホント。
いつも笑ってて、どんなときもちゃんと受け止めてくれて。
「………………」
最初からわかってたんだ。
俺の理想の子が来た、って。
多分、最初で最後。
この子以外居ない――……って思ったのに。
「……葉山」
「はい?」
「…………」
「……鷹塚先生……?」
まじまじ見つめたまま、ゆっくりと――……首筋へ視線が落ちる。
また、だ。
葉山を抱きとめた瞬間、ふわりと香った匂い。
……桃、みたいな。
そんな甘くてうまそうな匂いがした。
「……っ……悪い」
うっかり顔が近づきそうになり、慌てて両手を離す。
降参。
そのポーズまさにソレ。
これ以上くっついてるのは、マズい。
……そう素直に思う。
「…………」
うまそうな匂い、か。
…………。
いやいやいや、うまそうってなんだよ。ダメだろ。
そんなこと考えたら――……。
「っ……」
ふと彼女を見ると、風で乱れた髪を整えていたらしく、片手でひとつに纏めていた。
両手ですくように流し、整える。
……そのとき目に入った白いうなじに、思わず目が丸くなった。
うわ、すっげぇキレイ。
つーか、やっぱ若いからなのか。
首筋だけじゃなくて、全体的に肌がすっげぇキレイなんだよな。
透明感があるっつーか、白い……つーか、すべすべ。
細い首だし、肩も華奢だし。
俺と全然違う。
「……………」
さっきの匂い、なんだろうな。
少なくとも、前と同じ匂いだと思う。
香水じゃないと断言できないが、普段は匂わない甘い香り。
うまそうな、桃とか……そんな、甘酸っぱい感じの。
「……ん?」
「どうしたんですか?」
「…………」
「……鷹塚先生?」
「っ……うわ! ちかっ!」
「えっ? あ、す、すみません」
「いや、いーけど。……いーなら」
「はい?」
「……いや、なんでも?」
とんとん、と肩を叩かれて振り返ると、先ほどとあまり変わらない距離に彼女の顔があった。
そのまま近づいたら、キスできた距離。
……あぶねーな。
つーか、なんだ。もしかして試してんのか?
内心ばくばくとうるさい心臓を服の上から押さえつけながら、彼女が指差した階段へ向かう。
『タッチングプール』
そう書かれた案内板通りの場所が、そういえばあった。
子どもたちには大人気。大盛りあがり。
普段触れないモノに触れるってのは、確かに興奮はする。
……いろいろと。
「……え? なんですか?」
「いや、なんでもない」
うっかり目線が彼女の首筋へ向かい、ふいっと視線を逸らしながら首を横に振る。
嘘ばっかだな、今日の俺は。
なんでもないことなんて、ひとつもねーのに。
こういうのを大人っつーのか、若干疑問に思う。
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