「……すげー人だな」
 案の定、そこも大勢の人がプールを取り囲むようにいた。
 子どもたちははしゃぎ回り、カップルもあーだこーだ言いながらプールへ手を入れている。
 ……あー。
 職業病なのか、ざわざわしてる子どもたち見ると手を叩いて大声あげたくなるんだよな。
 ……って、間違いなく病気だ。俺。
 ぎゃーぎゃー走り回る小学生を見ながら、小さくため息が漏れた。
「ん?」
「すごいですよね。サメ、触れるなんて」
「あー、そうだな」
 とんとん、と腕を叩かれたかと思いきや、わくわくした顔で見られた。
 あー、もしかして初めてか? お前は。
 プールの1箇所が空いたのを見て嬉しそうに俺を誘ってくれた葉山を見ながら、思わず苦笑が漏れた。
「あ、すごい。……すごいですね。本当にサメ肌。……ざらざらしてる」
「……あー、確かに。なんか……大根とか下ろせそうだな」
「っ……! あはは、もー。そんな……ふふ。大根ですか?」
「そーそ。あとは生姜とかな」
「あはは」
 ドチザメと書かれている写真そのままのサメを、ガッと上から手のひらで掴むように触ると、確かにやすりのようなザラついた肌の感触があった。
 ……それはさておき。
 うっかり口が滑った妙なことですら、こうやって笑ってくれるってのは正直嬉しい。
 こういうトコ、いいんだよな。
 笑ってくれると、すげぇ嬉しい。
 コイツに認められるっつーか、受け止めてもらえるのが嬉しいんだ。
「……すごいですね」
 指先で弄るようにいろいろな生物に触れている姿を見ながら、ふと我に返って考えてみる。
 先ほど、彼女にしたのと同じ問いを。
 『どうして俺は葉山と一緒に居るんだ?』
 その答えは心底単純。
 単純に、喜んでるから。俺も。
 コイツと一緒に居るのが、楽しいから。
 ……ああ、一緒に居るといいな、って。コイツと居たい、って。
 すげー心地よくて、一緒に居ることでほっとする。
 だから――……ほかの誰でもなく、コイツを誘うんだ。
 スケジュール的に無理矢理だろうと、急だろうと、敢えて。
 頭のどこかで、断ったりしないと勝手に思っているからかもしれないが。
「……わ。エビじゃないみたい……」
 髪を耳に掛けてから、少し離れた場所にいる生き物へ手を伸ばす姿を見ていたのに、どうしても――……目線が落ちる。
 顔から、ゆっくりと……胸元へ。
 白い大き目のリボンが結ばれている、ソコ。
 だが、そうやって少しばかり前かがみになると、見えそうでドキドキする。
 ……って、いやいやいや、ダメだろ。そこ見たら。
「………………」
 それでも、人間素直なモノで。
 見たらダメだって思うと、余計目がいく。
 柔らかそうな、胸。
 昔はなかった場所にある、ふくよかなモノ。
 ……つーか、すっげぇ肌がキレイなんだよな。
 滑らかで。……間違いなく気持ちいいだろう。
「…………うまそう」
「え?」
「……え?」
「…………」
「……あれ。今何か言った?」
「おいしそう、って……」
「………………あ」
「言ってましたよ?」
 くすくす。
 おかしそうに笑われ、慌てて取り繕う。
 ……まぁ、こんなことしたところで大して変わんねーけど。
「いや、その……あのな?」
 お前のことじゃないぞ。今のは。
 そう聞こえたかもしれないが、そうじゃなくてだな――……。
「これが、ですか?」
「うっわ。いや、これは……あんまりウマくなさそうだな」
「ですよね」
 彼女が指差した先を見ると、平べったいカニのようなエビみたいなモノがあった。
 プールサイドに貼られている名前を見て、納得。
 セミエビ、だそうだ。
 ……つーか、セミエビって。
 どんな名前だお前。
 まるで、イセエビを上から潰したような生き物に、思わず笑えた。
 が、お前のお陰である意味難を逃れた。
 ありがとう。と、言っておく。
「……あ。やべ。ハンカチ忘れた」
「え?」
 大人としてあるまじき行為かもしれない。もしかしたら。
 プールの横に設置されている手洗い場で手を洗った葉山にならい、自分も手を洗ったのはいいのだが……ハンカチで手を拭いている彼女を見ながら、うっかりというよりは大事なことに気付いてしまった。
「……あー……。まぁいいか」
「っ……よくないですよ!」
「……ッ……」
 ぴっぴ、と両手を振って水滴を飛ばしてから、そのままあわよくば服で――……なんて子どもみたいなことを考えた矢先、慌てたように葉山がこちらへ近づいた。
 と同時に、片手をハンカチで包まれる。
 ……いわゆる、彼女に拭いてもらってる状態。
「……もー。洋服が汚れちゃいますよ?」
「いや……別に、これくらいは……」
「だめです。……もうっ」
 まるで、めっ、とでも言われたかのような気分だ。
 片手をハンカチごと包まれて拭かれ、近い距離と――……この、今の状態に思わずどきりとする。
「……サンキュ」
「いいえ」
 くすっと笑った彼女を真正面から見ることができず、ハンカチをバッグへしまう姿を見ながらさりげなく感謝しておく。
 ……まだ心臓がうるさい。
 …………参った。
 この年になってガラにもなく、きゅんとしてしまった。
 今の、彼女の仕草に。
 …………あー……ダメだ。
 もう、完全アウト。
 コイツを、女として見てる。
「………………」
 隣へ並ぶ彼女を気にしつつ階段を上がっている自分に、おいおいマジか、と内心つっこみを入れておく。
 それでも、ある意味普通っちゃ普通なのかもしれないが、他人が俺たちを見たら絶対アレだよな。
 恋人同士に見えるよな。間違いなく。
 ……恋人同士。
 手はつないでねーし、アレだけど……それでも。
「葉山」
「はい? ……っ!」
「……よし」
「え、あの……」
「なんでも?」
 階段を上りきってから頭に手を置き、うなずいてからイルカショーが始まっているプールへ。
 大きな音と、声。
 ぱっと見ただけでわかる、観覧者の多さ。
 それでも、やっぱりココは外せない。
 当然ながら、1番の目玉であるメインプールなんだから。


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