2頭のイルカが、吊るされているボール目がけて高いジャンプを披露。
途端、パチパチと沢山の人間の拍手が沸き起こった。
目一杯の人間がすでに椅子へ腰を下ろしているので、葉山とふたり立ったままの観覧。
それでも、むしろこのほうがよく見えるかもしれない。
「あ、あっ、すごい……!」
「っ……スゴ……!?」
口元に手を当てた葉山が、普段とは違う声をあげた。
高い声。
息を含んでいるせいか、思わず喉が鳴る。
「……上手……」
「…………」
「ん、え、っそんな……!」
「………………」
「わ……すごい……速いんですね」
「…………いや、早くちゃダメだろ? もっとこー……長持ちが……」
「え?」
「……ワリ。なんでもない」
腕を組んだまま、ごにょりと独り言が漏れる。
……ヤバい。
葉山のその言い方が、やけにエロく聞こえる。
…………あー、ダメだ。
病気かもしんない。俺。
「わぁ……かわいいですね」
「……あー。イルカな」
「っ……でも、びしょびしょ……」
「え?」
「いっぱい、濡れて……」
「っ……! どこが!」
「え? あそこです。1番前の席ですね」
「……あー。あー、アレな」
口元に手を当てた彼女を見て、思わず噴き出しそうになった。
指差されたのは、1番前の客席。
ビニールをあらかじめ渡されているようで傘代わりにしてはいるが、床はもちろん、服も若干色が変わっている。
「……はぁ……。やっぱり、いいですね。イルカって」
「そうか?」
「癒されます。それに、とっても賢くて……優しくて。まるで――……」
「…………」
「……鷹塚先生?」
「なんだ?」
「大丈夫ですか? ……何だか、顔が赤い気が……」
「あー、気のせい」
2頭同時の高いジャンプ。
それを見終えて徐々に客が席から立ち始めたのを見ながら、葉山が俺に向き直った。
……つか、なんかやたら疲れた。
なんでだろ。
…………やっぱ、このショーか。
つーか、葉山のセリフか。
「…………」
なんか、エロい。
そんなこと口が裂けても言えるはずなく、ただただ乾いた笑いのまま首を横に振る。
「……土産でも見に行くか」
「あ、はいっ」
前髪をかきあげ、ぽん、と彼女の肩を叩いて促がす。
これ以上ここにいるのは得策じゃない。
ドキドキしすぎて、イチイチ葉山のセリフに反応しすぎて、疲れる。
……参った。
今度からは、もう少し場所ってヤツを考えるか。
…………。
つーか、今度って。
もう次のこと考えてんのか? 俺は。
コイツを誘うつもりで。
…………はー。
結局は、自業自得じゃねーか全部。
「いろいろありますね」
出口から直通で行ける土産屋へ入ると、そこもまた人がひしめいていた。
大して広いとはいえない場所。
それでも、みんなが同じような箱を手にしてレジへ並んでいる。
「……土産か」
それこそ、敢えて葉山が買ったのと同じ物を花山に買っていくっていうのも手だな。
アイツ、多分泣く。
わんわん言いながらまた小枝ちゃんにキレられてる姿が想像つき、思わず小さな笑みが浮かぶ。
「誰かに買ってくのか?」
「え? そうですね……せっかくなので、少しだけ」
「ふぅん」
ストラップに、ぬいぐるみ。
そして、チョコの菓子や江の島名物タコせんべい。
あれこれ見ながら楽しそうにしている葉山の隣へ並ぶと、俺を見上げてから小さくうなずいた。
土産、ね。
…………まさか、あの先生にじゃないよな?
「………………」
こんなときに思い出さなくてもいいだろうとは思うのだが、ふいに思い出してしまった――……人物。
違うと思ったし、わかったのに。
だが、彼女の口から直接聞いてないせいか、また同じようなことが巡る。
「……あのさ」
「はい?」
かわいいイルカがプリントされているチョコクランチを手にした葉山に、視線を合わせず口にしていた。
「誰にやるんだ? 土産」
違うに決まってる、と思いながら平然とした顔で口から出た質問。
だが、それに対して彼女は、いつもと同じ優しい顔ですんなりと名前を口にした。
「小川先生と、金谷先生に……と思ってるんですけれど」
にっこり、とまではいかないものの、浮かべたのは笑みで。
小枝ちゃんの名前が出たのには納得できたのに、もうひとりの名前を聞いて、頭のどこかで『やっぱり』と思った自分もいた。
「先日、小川先生とごはんに行ったんですが、そのときご馳走になってしまって……」
「小川先生と?」
「え、と……あの、ごはんではなくて、お茶ですけれど」
「………………」
それはいつの話だ。
問いただすつもりはないが、うっかりそう聞いてしまいたくなる。
……そもそも、小川先生と仲いいのか?
そんなことを聞くに聞けない俺は、弱いのか。それともズルいのか。
ただ、俺が聞いちゃいけないような気がしているのは確か。
別に、関係ないのに。
そうだろ?
葉山はもう、子どもじゃない。
とうに成人した、大人。
昔とは違う。
誰とどこに行こうと、何をしようと、関係ないし誰も止められない。
……そんな権利、ないんだ。
そもそも、たかが恩師っていうだけの俺には、何も。
――……それでも。
「……ふぅん」
さっきまでとは異なり、途端に冷めた態度に切り替えた自分に気付く。
……冷めた、ってのとは違うのかもな。
単に、妬いているだけなのかもしれない。
…………待てよ。
妬く? 俺が? いったい誰に。
コイツは俺のモノでもなんでもないのに。
なのに、どうしてそんなことを思う。
「…………」
これじゃまるで……大事なおもちゃを取られた子どもみてーじゃねーか。
は。人をなんだと思ってだ、お前。
「……葉山」
「はい?」
「これから三崎行こうぜ」
「……え……。三崎って、あの……三崎ですか?」
「ああ」
彼女が手にしていた土産類を取り上げ、その場へ置く。
代わりに掴むのは――……その手首。
細くて華奢な、俺の手に簡単に納まるモノ。
「っ……あ、せんせ……!」
振り返らずに歩き始め、すぐここのドアから外へ出てしまう。
再入場不可のルート。
……だが、いい。関係ない。
あと戻りなんてモノは、しない。
そう決めたから、出たんだ。
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