「先輩。中線踏みって、どうやるんでしたっけ」
「……ごほっ!」
昼休みも終盤というときになって、ジャージに着替えた花山が俺のところへやって来た。
相変わらず、お前似合わねーな。ジャージ。
まるで中学生のような格好に、思わずコーヒーでむせる。
「……はー……。お前さ、もちっとジャージ着慣れろよ」
「えー? 変ですか? 僕、今回はいいなって思ったんですけど」
「なんか……なんか違うんだよなー、お前。……なんだろ。それが何かわかんねーけど」
ただ、もしかしたらその色じゃねーか?
近くの中学のジャージと似ている、明るい黄緑色。
そのせいで、余計変に思えるのかもしれない。
「だから、言ったろ? つか、お前そんときちゃんとメモってたじゃねーか」
「……あっ! そうでした」
中線踏み。
そのまんま、ちゅうせんふみと読む。
どうやらローカルスポーツらしく、少なくとも俺は教わるまでやったことがなかった。
大学ンときに教えてもらった、ゲームというよりは一種の競技にも近いんじゃないか?
それでも、結構面白いんだよな。
つーか、かなりダッシュすんから、体力はつく。
「あっ、ありましたよー!」
「ほらみろ」
「ありがとうございますっ!」
ガサガサと机の上や引き出しを探していた花山が、あっ、とデカい声を上げて1枚の紙を手にした。
そーそ。ソレだよ。
先週、何度も何度も図を書いて説明してやってたから、ほぼ真っ黒で何がなんだかわかんねーけど。
果たしてコイツがそこから読み取れるかどうかは、わからない。
……ま、いーけど。別に。
「ったく。余計なことで頭使わすなよ。こちとら、次の時間席替えしねーとなんねーんだから」
「席替えですか?」
「そ。いい加減やろうって言ってたんだけど、ずるずる延びててな。だから、今日やらねーとボイコられそう」
思わずノートパソコンのディスプレイを眺めながら頬杖を付き、一覧で出てたネットの情報から欲しいモノを探す。
「でもなー……いっつもクジ引きだから、なんか別のやり方ねーかなと思って探してんだけどー。……ねぇよな」
机の上に広げているノートパソコン。
学校から支給してもらっているので、デカくて少し型は古いがそれなりに使える。
ただ、さすがにメールだのオークションだのという個人的なことをやろうとは思わないが。
「……席替えですか?」
「ん? ……あー……。そ。席替え」
聞こえた声で反射的に顔を上げると、ミニノートを抱くようにして葉山が居た。
……今日、初。
なんか、久しぶりに真正面から葉山を捉えた。
……かわいい顔してんな、やっぱ。
目が合った瞬間は少しだけ強張ったように見えたが、すぐに笑みを見せてくれて。
優しいヤツ。
俺なんかに気を遣うだけ損なのに。
「昔……私が小学生のころなんですけれど、担任の先生が、好きな席に座れるっていう席替えをしてくれたことがあるんです」
「へぇー。画期的ですね」
「ですよね」
担任の先生。
花山が隣に居るからその表現なのか、はたまた俺じゃないほかの恩師の話なのかはわからない。
だが、葉山は笑みを浮かべたまま唇を開いた。
「女の子だけ、まず教室に入って列ごとに好きな席に座るんです。決まったら廊下に出て、教室のほうは見ないようにして……次は、男の子が列ごとに好きな席に座って。決まったら、女の子が最初に決めていた席へ座るんです」
「うわ。なんか、ものすごく子ども主体じゃないですか」
「そうなんです。だから、とっても嬉しかったですよ? 自分で自分の席を決められるなんてこと、一度もなかったですから」
「でもでも、それだと隣にどんな男子が座るかわからないですよね? ……あ。でもそれがいいのかぁ」
「かもしれません。男の子も、わーわー言ってましたけれど、同じ席替え方法をそのあとも希望しましたから」
ふふ、とまるで昔を懐かしむかのように話した葉山を見て、思わず口が開いた。
……それ……俺の話だ。
「…………」
崩していた姿勢を正し、改めて椅子に座り直す。
……やった。
そーいや、最初の年にやったよ。それ。
ただ、あとあとになって『そんな適当なやり方はない』とか『子どもたちがわかってて話を照らし合わせてるんじゃないか』とかいろいろ言われたから、結局それきり。
6年のときには、やらなかった。
「……それ、やるか」
思わず独り言を漏らしたのに気付いてから顔を上げ、改めて葉山を見る。
……お前は、どんだけ俺のことを覚えてくれてるんだ。
小さなことも、細かいことも、本当によく。
それだけ関心を持ってもらえてたのか、俺は。
そんなに――……大事な存在か?
「ありがとう。葉山センセ」
「っ……え……」
「次の時間、それやる」
昼休み終了のチャイムが響いたのを機に立ち上がり、数冊の本とプリントを持ってから彼女を見る。
その笑み。
相変わらず優しくて、丁寧で……人に好感を与えるモノ。
「……今度、エンカウンターだっけか? アレも教えてほしいんだけど」
「あ、はい。私でよければ、ぜひ」
「サンキュ」
久しぶりに出た、砕けた言葉。
だが、彼女はいつもと同じ顔でうなずいてくれた。
それを見て頬を膨らませたのは、ほかでもない。花山。
「……なんだよ」
「先輩。さっきまでと顔が違います」
「何が」
「ダメですよ! 葉山先生に絡んだら!」
「絡んでねーだろ。……うるせーな。ほら、とっとと行かねーと子どもたち集まってんぞ」
「わっ!?」
眉を寄せてぶーぶー文句垂れそうになった花山に、窓の外を顎で指す。
子どもたちは真面目だぞ。お前と違って。
慌てて荷物と靴とを持って玄関へ向かう花山にため息を漏らしつつ、自分も教室へ向かうべくドアへ。
そのときちらりと振り返ると、アイツの机の上には先ほど必死に探していた中線踏みの説明が残っていた。
……アイツ、何回ここに戻ってくる気だ。
そんなことを思いながらも教えてやらないあたり、やっぱ俺は酷いヤツなんだなと思った。
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