「……あっつ」
1番近い鵠沼海浜公園の駐車場へ、順番待ちをしてやっと入ることができた。
バーベキュー開始は、11時。
……ま、30分前に駐車完了ってのはかなり上出来だろ。
バックで駐車し外へ出た途端、これまでとは比べものにならない暑さが全身を覆って、一瞬眩暈がした。
……あー、しんど。
何より、帰りはこの炎天下に置きっぱなしの車へ乗り込まなくちゃいけない、というのが。
「……それ、コンバースだろ?」
「っ……すごい、よくわかりましたね」
助手席へ回り、隣に並んだ彼女の足元に目を落とすと、驚いた顔をして声をあげた。
赤い、リボンがあしらわれているパンプス。
スニーカーっぽさが残るコレは、間違いない。
コンバースの、スニーカーパンプス。
俺がコンバース好きと知っての行動なら、花まる付けて『大変よくできました』シールを貼ってやるぐらいの上出来な行動。
つま先を合わせてからにっこり笑った顔は、もしかしなくてもわかっていてやったように思えて、つい手が伸びる。
「っ……」
頭を撫で、さらりと髪をなぞる。
以前とは違う手触り。
長さが違うからかわからないが、なんとなく前までの彼女の髪のような気がしない。
「かわいいよな」
「そうですね。私も、ひとめぼれみたいな感じだったんです」
「…………」
「……? え?」
「靴じゃなくて、お前がだぞ?」
「っ……!」
かぁ、と顔が赤くなるのがわかった。
……かわいいな、コイツは。
顔を近づけて呟いたのが功を奏したのかどうかはわからないが、それでも欲しい反応をもらえた。
それで、満足。
もうほかは別にいらない。
「……夏だな」
天気こそそこまでよくないにもかかわらず、ときおり雲の隙間から降り注いでくる日差しは、夏真っ盛りの海で感じる強いモノ。
運転中も、腕がじりじりと日に当たって焼けるようだった。
多分、実際焼けてただろうな。
すでに相当日焼けした腕。
Tシャツの境で色が変わってるのが正直気に入らなくて、とっとと海に行きたい気分だ。
……って、ンなことばっかしてんから、教師だとは思われないんだろうな。
「っ……」
海からの風が吹き、一瞬心地よさがあった。
が、本当に一瞬。
次の瞬間には、車道からの熱風で結果としてはマイナス。
それでも、少し離れたところから聞こえる波の音と、風に乗って香ってくる潮の匂いは久しぶりな気がして嬉しかった。
……でも、暑いことに変わりはないけどな。
こんな中バーベキューとか、しんどい。
俺はまぁなんとかなるだろうが、こっちはな…………この細さで、果たして大丈夫なのか。
倒れるなよ? お前。
「……? なんですか?」
歩きながら彼女を見ていたら、何か勘違いでもしたかのように首を傾げた。
おまけに、にっこり笑顔つき。
それを見て、また違う考えが瞬時に纏まる。
……あー。
俺って、こういうのだけは得意なのかも。
「選択肢3つのウチどれかひとつだけ選ぶとしたら、どれがいい?」
「3つですか?」
「ああ」
左手の親指と人差し指、中指。
その3本を立てて数を示し、彼女に問う。
質問内容は、大したモンじゃない。
単なる思い付き――……であり、彼女にとってはなかなか驚くようなモノかもしれない。
多分、そういう顔をする。
……まぁ、それが見たくてやるんだが。
「Hと、Sと、W。どの俺がいい?」
「っ……え……」
言いながら、瞳が細くなる。
つい、ニヤ、と口角が上がったのは性格の悪さか。
……まぁ、仕方ない。
「え、と……それって、なんですか?」
「いーから。どれかひとつ選べって」
当然の質問をした彼女に首を振り、ヒントは与えない。
人が悪いというよりは、性格の問題だな。
どうやら、ひねくれすぎて元に戻らなくなったらしい。
……それにしても、真剣に考えてる姿を見るのは結構イイもんだ。
ええとええと、なんてあれこれ頭の中ではいろんなモンが渦巻いてるんだろう。
なかなか見ないような眉を寄せている彼女の横顔を見て、小さく笑みが漏れる。
「じゃあ……えっと…………W、で」
「Wな」
「っ……!」
おずおずと視線を上げた彼女にうなずき、左手を――……彼女の腰へ。
そのまま引き寄せるとバランスをわずかに崩したからか、彼女が俺に抱きつく格好になった。
「や、あっ……すみ、ませ……」
「お前が選んだんだぞ」
「で、でもっ!」
「ちなみに、『Hand』『Shoulder』『Waist』で、どれがいい? って聞いたんだからな」
手、肩、腰。
そう言ってしまえばナンてこともないが、頭文字にするとなんかエロく聞こえる。
……あー、おもしろ。
コイツの反応は、やっぱりイイ。
赤い顔をして『でも』なんて言いながら困ったように唇を噛んだのが見えて、ふっと笑みが浮かんだ。
明らかに、照れてる感じ。
それが、たまらなくかわいく目に映る。
「でも……鷹塚せんせ、これって……」
「先生、はなしだぞ」
「っ……」
「今回のバーベキューはな、同業者ばっかなんだよ。だから、『先生』って呼んだらいろんなヤツが振り返る」
無論、夫婦揃って教員ってのもいる。
だからってのもあるが……まぁ、こじつけでしかない。実際は。
単に、違う呼び方をさせたいだけ。
俺だけを特定できるモノを。
「名前な」
「っ……」
「俺だって、瑞穂って呼んでるだろ?」
「そ、れは……」
一瞬、白いコンクリートの照り返しに目が眩んだ。
砂浜が近づくに従って、アスファルトの上にも砂が多くなる。
最初はしなかった砂を踏む音がまた聞こえ、徐々に大きくなった。
「…………壮士さん」
トイレ横の階段を下り始めたところで、小さく聞こえた名前。
足を止めて彼女を見ると、少しだけ恥ずかしそうにしながらも、目が合ったら微笑んでくれた。
「ん、まあそんなモンだろ。最初だからな。……我慢してやる」
口ではそう言いながらも、満足は満足で。
彼女を見下ろして笑みが浮かび、腰を抱く腕に力がこもった。
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